文・藤田正(2005年5月)
クラシック……と聞いただけで、縁遠い、高尚すぎてと敬遠する人が、未だにいます。確かに、高額なチケットを払い、綺麗な会場へあでやかな姿でお出かけ、そして長〜い長〜い交響楽に耳を傾けるなんてことは、ふつうの生活の中で出来る人は、そんなに多くないはずです。クラシックはやっぱり「高嶺の花」「敷居が高い」、そう思われてもしかたがない部分は未だにあります。
でも最近、そんなクラシックの周辺が、ちょっと様子が変わってきたように…。
今回は、クラシックをもっとポップに、身近に感じてみよう、というスペシャルです。
クラシックが少しは身近になってきた、そのきっかけには以下のようなものが挙げられます。
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1)小澤征爾&ウィーン・フィルの大ヒット:
「世界のオザワ」が2002年から、ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任。
その年の幕開けとなるニュー・イヤー・コンサートに、日本人指揮者として初めて登場したときのライブが、有名な『ニュー・イヤー・コンサート 2002』(ユニバーサル・クラシック)です。
小澤征爾はクラシック界の大御所ですが、ヨハン・シュトラウス2世のワルツ「美しく青きドナウ」など「これなら、私でも知ってる!」「ウキウキする音楽だけど、これもクラシックなんだ」……といったことを私たちに再確認させてくれました。
あえて言うなら、「こんなに娯楽性が強くていいの?」という感じ。
アルバムは、オリコンのチャート2位というクラシック史上初の快挙を遂げました。
現時点での売り上げは、100万枚を越えて(ユニバーサル・ミュージックの公式発表)、
第16回日本ゴールドディスク大賞「クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。
amazon.co.jp-『小澤征爾&ウィーン・フィル ニューイヤー・コンサート 2002 完全収録盤』
2)クラシカル・クロスオーバー:
アメリカの業界誌『ビルボード』が付けた名前です。
クラシックとポピュラー音楽を融合させたジャンルのことを指します。
格調高く、でも分かりやすく、楽しい…そんなスタンスで活動を続けるアーティストは、国内外にものすごく増えてきました(反対に、これまでのクラシックの王道は「コア・クラシック」と言い分けて区別します=業界っぽい言い方です)。
1970年代、
ジャズが
ロックや
ソウル・ミュージックと結びついた音楽が流行しました。「クロスオーバー」や「フュージョン」というジャンルです。旧来の
ジャズに飽き足らないミュージシャンたちが、このジャンルの担い手でした。
今回のクラシカル・クロスオーバーも、そういう過去の現象と似ているのかもしれません。そして「こんなの本物のクラシックじゃない!」と、こういうジャンルを相手にしない人がまた大勢いるのも、かつてのクロスオーバーやフュージョンと同じです。
クラシカル・クロスオーバーの流れを作った人たちには、以下のような名前を挙げることができます。
<A>サラ・ブライトマン:
「世界で最も美しい声を持ったシンガー」と言われ、このジャンルの女王のような存在です。日本でもCFで使われた「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」(97年)をきっかけに、ほかにもたくさんのヒットを持っています。
amazon.co.jp-『タイム・トゥ・セイ・グッドバイ/サラ・ブライトマン』
<B>アンドレア・ボチェッリ:
世界的なトップ・テノールですが、 セリーヌ・ディオンとデュエットした「祈り」でさらに広いファンを獲得。
amazon.co.jp-『トスカーナ/アンドレア・ボチェッリ』
<C>ボンド:
バイオリン4人組の美女軍団。「アトランタ」「タイム」などがヒット。日本のCFにも登場。でもこれって、クラシックの人たちなの?? 怪しいクラブのオネエチャン?? とすら思いますが、彼女たちの登場で日本にもいろいろな女性ポップ・クラシックをやるグループができました(この系統では、クライズラー&カンパニー/葉加瀬太郎が日本では先駆的な存在かも知れません)。
……こういった人たちが作り上げたマーケットが、成熟してきたのが今。
女子十二楽坊や、雅楽の東儀秀樹も、広い意味で「その仲間」という捉え方もできるかも。
amazon.co.jp-『アトランタ-タイム/ボンド』
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「ピンクレディ・メドレー」by 幸田聡子
とても、あのピンクレディだとは思えない!
幸田聡子は、大阪生まれ、東京芸術大学を卒業したバイオリニスト。国内外でたくさんのクラシックの賞を獲得している女性です。
そんな幸田が、クラシック以外でも知られるようになったのは、デビューCD『川の流れのように/美空ひばり・オン・ヴァイオリン』(99年)。同年、このアルバムでレコード大賞企画賞を受賞し、以後、日本のヒット曲、有名曲に新しい生命を吹き込んでいます。
しかし余計なことですが、今のクラシックのアーティストは美人ぞろいですね。たとえば、諏訪内晶子(バイオリン/すわない・あきこ)、五嶋みどり(バイオリン/ごとう・みどり)、曽根麻矢子(チェンバロ/そね・まやこ)、三浦友理恵(ピアノ)…。
amazon.co.jp-『21世紀に残したい歌(3)〜「ゴンドラの唄」から「ピンクレディー」まで』
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「こんぴらふねふね」by 三枝茂彰編曲による「日本の歌」--ベルリン・フィル12人のチェリストたち
日本の伝承歌とクラシックが出会う。それは人と人との出会いでもあります。
音楽だけでなく文化人としても活躍する三枝茂彰(さえぐさ・しげあき)が、かのベルリン・フィルの人たちと手を結んだ作品もあります。
「12人のチェリストたち」は、その優れた演奏力でビートルズのカバー集などを出し、大向こうを唸らせてきた名うてのチーム。
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「北の宿から」by 天満敦子
世界的なバイオリニストであり、高木のぶ子(芥川賞作家)の小説「百年の予言」のモデルにもなった天満敦子(てんま・あつこ)も、このほど、天満の長年の大ファンだった小林亜星とコンビを組みました(小林はアルバムに新曲を提供し、公演にも参加)。
その中の1曲が、小林亜星作の大ヒット「北の宿から」。
ドラマチックで情熱的なバイオリンで知られる天満ならではのプレイです。
amazon.co.jp-『ねむの木の子守歌〜TEMMA JAPANESQUE』
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「てぃんさぐぬ花」by琉球交響楽団
沖縄は歌が溢れてる。といっても、全部がぜんぶ
島唄じゃありません。
オレンジレンジのような
ロックもあるし、そして沖縄ならではのクラシックも。
琉球交響楽団というオーケストラが沖縄にあります。略して「琉響」。
沖縄に「本格的なプロとしてのオーケストラを作りたい」と2000年から結成準備が始まり、この2005年に、初めてのCDを出しました。
フルオーケストラによって沖縄の有名な曲が演奏録音されるのは、今回が初めての試みだそうです。
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「さとうきび畑」by新垣勉
沖縄にはもう一人、素晴らしいクラシックの歌手がいます。
「沖縄が生んだラテン系テノール」、新垣勉(あらがき・つとむ)です。
新垣さんは生まれた時に不慮の事故で失明してしまいました。でもそれを乗り越えてしまうほどの歌手としての才能が、彼にはあります。
その壮絶な人生を追ったテレビ・ドキュメントが数年前にテレビで紹介され大きな話題となりましたが、新垣勉を広く有名にしたのは、ご存じ「さとうきび畑」です。
沖縄戦をうたったフォーク・ソングとして歴史的な名曲ですが、この歌を今に甦らせたのは、女性ではもちろん森山良子、そして男性では新垣勉でした。
特に新垣は、お父さんが米軍兵。そのクラシック界で鍛えられた声には、この人しか歌えない「反戦への願い」が込められています。
amazon.co.jp-『さとうきび畑 [Maxi]』
*この原稿は、毎日放送「はやみみラジオ 水野晶子です」(月〜金 午前6:00〜7:45)の「音楽いろいろ、ちょいかじり!」に書き下ろしたものを再構成しました。