藤岡靖洋 著『コルトレーン ジャズの殉教者』を読む
 岩波新書からジョン・コルトレインについての好著が出た。藤岡靖洋氏は、著者紹介によると仕事は呉服屋さんとのことだが、コルトレインを研究し、生誕地を訪ね、親戚や関係者にもナマの声を聞きに行くなどしてかなりの取材を重ねている。その一つの成果が本書というわけである。
 
 
 1966年7月、ザ・ビートルズの来日騒ぎがまだ収まらない時期に、このジャズ・ジャイアントは広島、長崎と公演を行ない、長崎平和公園では原子爆弾の犠牲者に祈りを捧げていた……そんな、今では忘れ去られた(感動的な)事実の数々が新たによみがえる書籍である。                          
『コルトレーン ジャズの殉教者』は、ジャズ史を飾る決定的な一枚と言われる1964年録音の『至上の愛(A Love Spreme)』がいかに作られたかというフィナーレへ向かって、コルトレーンの生い立ちから細かな説明がなされる。バスク人でありヨーロッパ・クラシック音楽のハープ奏者、カルロス・サルゼードの音楽的影響と、アフリカン・アメリカンとしての文化的背景がどのように彼、ジョン・コルトレインの心の中でブレンドされたのかといった指摘はとても興味深い。 
 ただ、コルトレインを見出してくれた一人であるマイルス・デイビスの裕福な家庭環境と比較して、コルトレインは「苦学生であった」という指摘は、確かにそうではあるが、彼らのすぐ隣りには膨大な数のR&Bやブルースなどの、さらに虐げられた黒人音楽(とその担い手)が存在するわけで、こういった俯瞰性に藤岡氏がいま少しの注意を払っていれば、さらに充実した書籍になったと思う。ジャズマンのある一定の人たちは、歴史的に被差別の状態ではあるものの、最下層ではなかった。その精神的・社会的な「余裕」が、ジャズを特別な表現へと驀進させた大きな要因であった。白人知識層が買い求める黒人音楽、それがジャズ(特にフリー系)だというのも、これを側面から補強する物語であり、マイルスがスライ&ザ・ファミリー・ストーンを聞いてビビリまくったのも、またコルトレインがインド宗教にハマリ、「愛」と「平和」をイメージしながらの激しくフリー表現へと向かい走っていったというのも、ジャズが抱える「弱さ」の一面だとぼくは思う。
 アメリカ黒人音楽における極限の表現の一つが『至上の愛』であることは、間違いのないことであろう。ただそれは「大傑作」であるのかどうか。今だからこそ、コルトレインやマイルスといった「大権威」に疑問の声を挙げることが必要なのかもしれない。その意味でも、藤岡氏の本書は刺激的であった。
(文・藤田正)
 
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( 2011/05/06 )

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