映画の道案内は、チョ・サンヒョン(国唱人間文化財)による「完唱春香歌」。
つまり、浄瑠璃や浪曲のような「語り物」の展開を軸に、物語が流れる。登場人物は、チョ・サンヒョンのダイナミックなボーカルに押し出されるように、銀幕という舞台で「踊る」という設定である……その意味では、映画『
春香伝』は、文楽などの人形浄瑠璃と構造が似ているとも言えるだろう。
18世紀の初めに作られたという身分の異なる男女の「永遠の契り」の物語である。時に悲嘆にくれ、時に泣き崩れるようなボーカルが全体を被う。このような物語の表情から、「
春香伝」とはすなわち、暗く、封建社会の中で喘(あえ)ぐばかりの恋愛悲話のように思われてきた側面があることは否定はできない。
しかし、イム・グォンテク監督はこの作品で、朝鮮民族に長く愛されるこの物語が訴えようとしたテーマとは、単なる悲恋だけには終わらないのだと、積極的に語ろうとしているようだ。
それは、どのような責め苦を与えられようとも、一つの愛に生きることを誓った春香の生き方そのものが、同じような境遇に生まれ圧制に沈まんとしている民衆の声を代弁し、さらに歌や物語によって語り継がれ、支配者が怒れば怒るほどに、その前で苦悩する一人の美少女、春香は、いよいよ大きな存在となる、という強いメッセージである。
映画『
春香伝』は、美しい「烈女」の姿に、民衆の心を投影させた作品であるとも言えるのかも知れない。