レポート・岡田敬介
日本を代表するラテン・パーカッショニスト、ウィリー・ナガサキ(
ウィリー長崎)は演奏活動と並行して、主宰するパーカッション教室に情熱を傾けている。今年(2005年)、10周年を迎えた同教室の名は「ブロンクス・パーカッション・スクール」。彼が青春時代に米国留学し「楽器技術はもちろん、人生において大切な様々なことを学んだ」と言う街、ニューヨーク市ブロンクス地区から名付けた。この教室はウィリーにとって「演奏で表現することと同等の価値、意義を持つ存在」になっている。幅広い年代の受講生が集まる教室は、ステージで演奏する際の彼のハードなイメージとは程遠く、とても「家族的」な雰囲気に満ちている。
受講生は現在、30人。世田谷区経堂にある音楽スタジオを拠点にコンガ、ティンバーレス、ボンゴの演奏を通しラテン・リズムを体得しながらポピュラー音楽、文化、さらには社会現象や政治までも「共に考え、共に学んでいこう」という理念で運営されている。
ラテン・パーカッションを学ぶ受講生というと、バンドをやっているプロ志向の若者、またはマニアックな音楽ファンばかりなのでは、と思っていたが、この教室を訪れるとその先入観は吹き飛んだ。教室の雰囲気は一言で言うと「家族的」。親子ほど年が離れた受講生たちがコンガを叩いてジャム・セッションを楽しみ、リズムを研究する。そんな世代を超えた“クラスメイト”たちは食事やコンサートにも一緒に出掛け、音楽のみならず各自の近況や社会などについて熱く語り合う―。まさしくスクールなのだ。
ウィリーは言う。「受講生は私の親の世代に近い先輩方から10〜20代の息子や娘みたいな世代の若者たちまで実に多彩。正直言って、教室を始めたころは現在のような形態になるとは思っていなかった。ここでは年齢、性別、職業など関係ない。みんながサウンドで裸の自分を表現し、主張し融和するのです」
家族的な雰囲気の教室とは言っても、ウィリーは
アフロ・キューバン・リズムに関して一切の妥協をしないことで知られる硬派ミュージシャン。そもそも彼がパーカッション教室を開いたのは「日本ではラテン・リズムに対する間違った認識がまかり通っている。その本当の素晴らしさを大勢の人に知ってもらいたい」という思いがあったからだ。教室はレッスンが始まると緊張感が漂い、受講生らの表情は真剣そのもの。額に汗を浮かべながらコンガやボンゴを叩く。「リズムを歌って」とウィリーは指導する。右手、左手の手順を書いたテキストは使わない。「紙に書かれたものを覚えようと思った時点で、その人はリズムを肉体化できない。文字や筆記用具がなかった時代から、原始のリズムは脈々と続いているんだから」
ウィリーと親交があるニューヨークの一流プレイヤーが「客員教授」を務める特別ワークショップもまた、この教室の大きな魅力となっている。
ティト・プエンテ楽団などで活躍したボンゴ奏者のジョニー・ロドリーゲスJr.が教室を訪れ、受講生に直接、手ほどきしたこともある。
教室に通って1年半の高橋昌敏さん(64)は、往年のペレス・プラード楽団のファンだった。「マンボ・ブームのころにダンスは結構、楽しみましたが、楽器には全く縁がなかった」と言う。高橋さんは「若い頃から興味があったボンゴをいじりたくなり」一念発起して教室の門を叩いた。「最初は家族に変な目で見られました。いまでは家内も理解してくれ、家族が応援してくれるようになりましたよ」とうれしそうに話す。
「音楽は人生を豊かにすると私は信じている。『ブロンクス』は音楽を通して世代を超えた仲間が語り合う場なのです。演奏している受講生のみなさんの顔を見ていると“人生は芸術とともに楽しむためにあるのだ”ということを思わずにはいられなくなるのです」。ウイリーは誇らしげに語った。
「ブロンクス・パーカッション・スクール」
月2回、120分。教室は東京都世田谷区経堂「ミュージック・ワダ」内。1クラス6人で日曜午後3時からと、日曜午後5時からのクラスがある。
受講料は月額1万1千円。無料体験教室あり。
問い合わせ:044-988-6804。
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ウィリー・ナガサキ、1960年生まれ。
ラテン・パーカッショニスト。主にティンバーレスをプレイする。83年に松岡直也ウィッシングでプロ・デビュー。04年にリーダー・アルバム『海上の道』(ソニー)を録音した「アフロ・ジャパニーズ・オールスターズ」や「
ラテン・ハーレム・オールスターズ」を率い、精力的に活動する。故
ティト・プエンテをはじめ
ジェリー・ゴンサーレス、
サルサの立役者ラリー・ハーロウ、ニッキー・マレーロ、そして
アフロ・キューバンの伝導師マニー・オケンドといった数多くのニューヨーク・
サルサ/ラテン・ジャズの巨人たちと共演。
アフロ・キューバン・リズムの真髄を追求した硬派な演奏を繰り広げている。小学生の音楽教材『音楽のおくりもの』(教育出版)でラテン音楽を紹介するほか、ピアニスト金井さちよとのラテン・クラシック・ユニット「ノーチェ・アスール」も好評を博している。CD解説や雑誌などでの執筆活動も行う。
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