毎週、
アルコール依存症の病院に出かける。依存症の先輩が入院しているからだ。
彼の病気が顕在化して数年、その間、床に汚物をたれ流し老木ような姿で死を迎えんとしていた先輩を発見したこともあった。酔って激しく転倒し緊急入院させたことも。
その経験から言わせていただく。現代における最悪のドラッグはアルコールである。
MDMAだか押尾学だか知らないが、(亡くなった方の悲劇は別として)あんな事件、飲酒に関わる深刻なトラブルからすればちゃんちゃらおかしい。なにしろ依存症者が二三〇万人を超え、予備軍が一五〇〇万人もいるのだ(先日出かけた家族のためのセミナーで、専門医がこんな恐ろしい数字を紹介してくれたのでした)。
アルコールは依存性の強い薬物であるという知識も一般的ではないし、酒は二四時間、百円単位でいくらでも買える。酔えば酔ったで「いい加減にしないと、カラダこわすよ(笑)」といった程度の会話で終わってしまう。アルコールは少しずつ心身を蝕み、周囲の家族をも文字通り破壊する。ぼくのような酒好き人間の中には「オレも依存症ですから」と言いながらグラスを傾ける人がたくさんいるけど、その結末とは…。
本書は、漫画家であると同時に、
アルコール依存症に関する啓発に取り組む西原理恵子(さいばら・りえこ)と、かつて依存症者として地獄を見たパフォーマー、月乃光司(つきの・こうじ)が自己の体験をもとに「その恐ろしさ」「常識の間違い」「対応の仕方」「助け合いの方法」などを紹介する百ページほどの、いわばベイシックなガイドブックである。
月乃が、周囲に迷惑をかけまくった旧当事者であり、一方の西原は、依存症のダンナ(故人)に迷惑をかけられた妻・家族の代表として登場する。
本書の最大のテーマ、そしてメッセージは「
アルコール依存症は病気である」ということだ。まずこの認識が、ぼくも最初はできなかった。彼・彼女はただ酒が好きで、だらしなく飲んでいるのではない。病がそうさせている。病であれば専門の病院に出向くことが第一だが、本人も家族もその知識がない、あるいは認めることができない。
アルコール依存症が、社会性を伴う、相当にやっかいなものであることを、西原と月乃は分りやすい言葉で伝えていく。
「
アルコール依存症は、自分の意志では飲酒をコントロールできなくなる病気です」
「ある日その人にだけ、お酒が覚醒剤になってしまう病気」(共に西原の文章から)
しかし、酒で内臓を悪くしても、内科医の一部は、問題の根っこを担当する精神科医との連携をはかろうとはしない。そして、暴力をふるい、仕事に大きな支障をきたすようになった夫や子に対して、家族は憎しみだけが増加する。読み進めば、優しい言葉ばかりの本書の裏側に現代社会の暗部が張り付いていることもわかってくる。
若い頃、大量の酒や精神安定剤を飲み続け、自殺未遂事件や交通事故を繰り返したという月乃が、よくぞ酒という悪魔を(現時点では)振り切れたものだと思う。専門の医療機関、自助グループの協力なくして今の月乃はありえないが、当人の大変な努力には頭が下がる。
西原は言う「(私が後悔しているのは夫を)もうちょっと早く離婚して、捨ててあげれば」良かったと。依存の反対は自立。悪魔を見切るのは当人だけ。妻として最大の愛がここに見える。つくづく心に響く、小さな本だ。
(文・藤田正)
本体価格、933円。
*初出:週刊「金曜日」 2010年9月24日号
amazon-『西原理恵子×月乃光司のおサケについてのまじめな話』