文・藤田正
エルビス・プレスリー。
ロック、
ロックンロール、アメリカン・ポップといえば、歴史のアタマに必ずやその名前が出てくる大物中の大物です。今も、ギラギラの衣装で有名だったプレスリーの、そっくりさんコンテストがアメリカ各地で開かれており、その面白い姿が日本のニュースでも流されます。
今回は、エルビス・プレスリーの特集です。
エルビスは、生きていれば2005年でちょうど70歳となります。命日は8月16日でした(1935-01-08 〜 1977-08-16)。
1)「若者の文化」を切り拓く:
プレスリーは今も世界にたくさんのファンがいます。なにしろ「1日に売れたレコードの枚数」が過去最高の2000万枚という信じられない数字が『ギネス・ブック』に載っている人物です。また、正確には計算できないのですが、CDとレコードの総売り上げが20億枚も30億枚とも言われており、これも世界最高。
プレスリーのあとに、イギリスからビートルズやローリング・ストーンズなどが出てロックで世界を席捲するのですが、(白人として)彼らが世に出るための扉を大きく開いた大先輩でもあります。
彼の功績の一つは、「若者たちの文化」というものを世界中に知らしめたことです。歌、ファッション、恋愛などライフ・スタイル全般を……今では「文化を主導してゆくのは若者」ということが常識になっていますが、この大前提を築き上げた象徴的な存在がエルビスでした。
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2)カントリーと田舎
演歌歌手の吉幾三に「俺はぜったい!プレスリー」(1977年)という、東北のナマリのコミック・ソングがありました。また、この歌にアイデアを得た『俺は田舎のプレスリー』(1978年、主演=勝野洋)という、青森県五所川原を舞台にした映画もありました。プレスリー、すなわち都会のど真ん中で活躍する大スターと、田舎に生まれた自分の境遇を比べて、いくぶん屈折した笑いを生み出させるわけです。
しかし、プレスリーは都会人ではありません。あのアメリカの象徴のようだったシンガーこそが「俺はぜったい!田舎もの」の人でした。
彼の生まれは、ミシシッピ州。あのハリケーン「
カトリーナ」で大打撃を受けた深南部(しんなんぶ)、ディープ・サウスの片田舎で生まれました。
田舎には何もない…ではなくて、ミシシッピ州やその南にあるルイジアナ(ジャズのニューオーリンズがある州)は、20世紀のポピュラー音楽の「ヘソ」みたいな場所です。ジャズにブルースにカントリー&ウェスタン、そして
ロックンロール…アメリカン・ミュージックの原点、すべてがここから産声を上げました。
エルビスは、一見、巨大なミシシッピ河と広大な綿花畑しかないような場所に生まれたのですが、その土地の白人のカントリーも黒人のブルースも、どちらも分け隔てなく聞いて歌い世紀のスターとなった人でした。
エルビスがもし、言葉のナマリも強い田舎に生まれていなかったら、今現在のロックや
ロックンロールは、存在しなかったかも知れません。
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3)アヒルの尾っぽ(duck-tail)
「ダックテイル」という言葉を、ご存じですか? アヒルの尾っぽ、という意味です。
これが日本のツッパリたちの文化に、どれほど大きな影響を与えたか、それは計り知れません。
ダックテイルは、エルビスのニックネイムの一つでした。
頭髪のトップを盛り上げて、サイドをウェイブを効かせながらバックへ(アヒルの尾のように)流れるようにセットする、ポマードで固める、あのスタイルのことです。リーゼントの一種です。
エルビスは、アメリカの黒人が生んだブルースやリズム&ブルースをたくさん聞いて育ったことはよく知られていますが、この頭髪もアメリカン・ブラックのオシャレから頂戴したものでした。
説明しましょう。実に人種
差別を根に抱えるアメリカらしい、ファッションの流れです。まず黒人が白人のストレイト・ヘアに憧れて、強烈な薬剤を使って縮れた頭髪を伸ばします。これを「コンク」と呼びます。映画『マルコムX』でも描かれているように、この強いウェイブを効かせた頭髪は、戦前から黒人の間で大変な流行となりました。
このコンクのヘア・スタイルを真似ようとしたのが、なんと白人の若者だったわけです。リーゼントやダックテイルの原点は、ここにあります。
かつてのアメリカ、特にエルビスの育った南部は、今よりもはるかに人種
差別が苛酷でしたが、そんな厳しい社会の中から、このような新しいミックス文化が生まれてきたのです。
エルビスのダックテイルは、今からすれば、目鼻立ちの整ったエルビスの顔カタチにピッタリの素敵なヘア・スタイルですが、当時(1950年代)は、親たちの世代からすると仰天すべき過激なファッションだったと思われます。
そしてこの仰天、オキテ破りは、エルビスの歌、踊りにも現われていました。
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4)骨盤のエルビス(Elvis the Pelvis)
エルヴィス・ザ・ペルヴィス。骨盤の兄ちゃん、という感じでしょうか。
エルビスがヒット・チャートに突如として現われたのは、1950年代の半ばのことでした。いわゆる
ロックンロールの時代です。チャック・ベリー、ジェリー・リー・ルイスほかたくさんのロックンローラーが人気を呼び、それは日本へも飛び火します。今は主に俳優として知られている尾藤イサオなども、若い頃は、素晴らしい熱唱を残しています(尾藤の芸歴の出発点はジャグラーです)。
こういった新世代(
ロックンロール)の頂点に君臨していたのがエルビス・プレスリーでした。
エルビス世代より前の売れっ子の歌手というのは、マイクの前で直立不動で歌うのが当り前でした。マイクをつかんで、倒れんばかりに絶唱する…そんなことは、あり得ないことでした。ですが、こんなスタイルも、実は、メインストリームではほとんど顔を見せることが出来なかった黒人たちにとっては普通に舞台でやっていたことだったのです。これを見逃さなかったのがエルビスたち若者でした。
心のままに歌い、声をカラし、そしてダンスする。お上品ぶっているばかりが歌じゃないんだと、その肉体すべてではっきりと表現したのが(黒人文化の洗練を受けた)エルビスら白人のロックンローラーでした。
「腰を振る」(つまり、骨盤をクネクネさせる)。その「お下品」なこと!
当時の人気テレビ番組「エド・サリバン・ショウ」に登場したはいいが、カメラは歌う彼の上半身しか映さなかったという有名な話は、エルビスがいかに常識外れの白人青年だったかを物語っています。
エルビスの登場から半世紀。日本では、小さな子どもまでが「骨盤のエルビス」をやっていますね。それを親たちがほほ笑ましく見ている。
ちなみに、いま私たちが普通に使っているロックRockという音楽用語は「岩」ではありません。エルビスの「骨盤クネクネ」のように……すがすがしい健康な朝よりも、夜の寝室でのあの動作をイメージさせる黒人用語なのです。
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5)21世紀のエルビス「サプライズ・ヒット」
秘蔵の曲に光があてられて、大ヒットする。
ビートルズほか歴史的なグループ、アーティストには、「ついに発見!」というような「サプライズ・ヒット」が、起こります。日本では尾崎豊などもそうです。
でもエルビス・プレスリーには…、さすがにないだろう。というか、彼が王者だった時代を経て、ロックの1970年代になって、そのディスコありラップありのどこにポップスのカナメがあるのか分からない時代が今。そんな時代に、いわゆるアメリカン・ポップが最も華やかだった時の象徴が甦る。そんなことは、多くの人が考えなかった。
でも、エルビスは「ア・リトル・レス・カンヴァセーション」という知られざる名曲で、イギリスを筆頭にヨーロッパ、アメリカで大きな話題となりました。イギリスではチャート1位に。没後25周年となる2002年のことでした。この歌はジョージ・クルーニーの大ヒット映画『オーシャンズ11』で使われ、中田英寿らが出演したスポーツ・ブランド(NIKE)の宣伝に使われて世界に知られたのでした。
この曲、リミックスされる前、オリジナルの録音は1968年ですから40年近くも前の作品です(そういう意味では、故ナット・キング・コールと、娘ナタリー・コールとの<死後共演>のヒット「アンフォゲッタブル」も忘れられません)。
ロカビリーの特徴的な歌い方である「ヒーカップ」(声を裏返しにする歌唱法)の名残りを留めながらも、「ア・リトル・レス・カンヴァセーション」このDJ時代に、ばっちり対応できている。
今、改めてエルビス・プレスリーを聞きなおしてみるのもいいかも知れません。
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*この原稿は、毎日放送「はやみみラジオ 水野晶子です」(月〜金 午前6:00〜7:45)の「音楽いろいろ、ちょいかじり!」に書き下ろしたものを再構成しました。