二つの「竹田の子守唄」とメッセージ・ソング(3)
■実像の阪田三吉と「王将」
 
 「涙の王将」という「語り物」があります。
 河内音頭(かわちおんど)の五月家一若(さつきや・いちわか)さんという、いま一番うまい音頭取りの一人だと私は思いますが、その一若さんが1997年に発表した音曲です。
 「涙の王将」は、将棋の天才と言われた阪田三吉(→注)さんをテーマにしています。
 通天閣の下の貧しい長屋で育って、無学で、将棋しか頭にない男。かつて北條秀司(ほうじょう・ひでじ)という高名な劇作家が、「王将」という物語の中で阪田さんをこのように描きました。北條さんの「王将」は、新国劇の舞台に始まって、同名の映画シリーズになり、村田英雄さんも歌にしましたが、これらのことごとくが大当たりとなりました。一若さんの「涙の王将」は、こういった一連の「王将もの」の最新作と言えるかもしれません。
 しかし、作家の土田杳乎(つちだ・ようこ)さんが調査し、書き下ろした「涙の王将」は、これまで私たちが知っている「王将もの」とは、ずいぶん違います。なにしろ生まれからして堺ですから。
 
(注)阪田三吉:戸籍上の表記。「吉」は、正しくは「土」に「口」。戯曲、報道などでは「坂田三吉」が使われている。
 「涙の王将」をちょっと聞いてみましょう。彼が生まれた頃の生家の描写です。

 坂田三吉 生まれた家は かたむく軒の 屋根がわら
 四畳一間の 板敷に 子共六人 枕を並べ
 眠る夜(よ)さ夜(よ)さ 母親は
 ぞうり表(おもて)の 手内職
 喰わんが為の 夜なべする (歌詞カードから)

 阪田三吉さんは、堺のかつて舳松(へのまつ)と言われた村に生まれました(1870年)。
 将棋が好きで、近所の賭け将棋で負け知らずの存在になって、それだけに留まらず棋界へ乗り込み、自力で天才棋士という栄誉を勝ち取った人物です。(写真は、五月家一若の『涙の王将』)
(五月会 STS-H903)
『メッセージ・ソング』
 勝負師としての阪田さんの凄さについては、私の『メッセージ・ソング 〜 「イマジン」から「君が代」まで』(解放出版)に書きましたが、実は私が阪田さんという人物に興味を持つきっかけとなったのが「涙の王将」でした。
 「涙の王将」の中の阪田三吉は、学校へはほとんど行けなかったかも知れないが、苦悩しながらも将棋だけで人の道を切り開いた人物であると語られます。
 北條秀司さんが描いた新国劇の「坂田三吉」も素晴らしいとは思いますが、もはや時代が違います(「王将」の初演は1947年)。史実を改めて調査し直し、実像を捻じ曲げないで語られる新しい物語。その典型的な一例が、「涙の王将」だと思います。
 河内音頭では、「王将もの」はかつてから語られてきました。
 鉄砲光三郎(てっぽう・みつさぶろう)さんという、昭和30年代に大変な人気だった音頭取りも「王将物語」をやってらっしゃいます。
 鉄砲さんの名唱でもある「王将物語」は、おそらく1960年代初頭の録音だと思うのですが、当時の全国区の人気者としてはある意味で画期的な内容を盛り込んでいます。
 「坂田三吉」は、宿敵であり一生の友でもある関東の関根金次郎が日本一となった祝いの席で、彼は草履の鼻緒を贈るのです。自分で編んできた鼻緒を「おめでとうございます」と手渡す。鉄砲さんの声も、このシーンでは特に燃え上がっています。なぜでしょう。
 阪田三吉さんは堺の被差別部落の出身です。それを暗示するのが鼻緒なのです。草履オモテなど、こういった仕事の多くは部落の人たちが担ったものでした。
 「部落」といった言葉は使ってはいないものの、「わかる人にはわかる」「わかってもらいたい」というメッセージが鉄砲さんの熱唱に出ていると私は思います。
 ヒトはカネじゃない、心だと考える「坂田三吉」が、自分ができうる限りの心づくしを畏友・関根金次郎へ贈ろうとした時、そこには彼のこれまでの人生が映し出されます。もちろん部落民であることも。「王将物語」を書き下ろした鉄砲さんは、「坂田三吉」を単なる将棋の上手な男ではなく、差別をも乗り越えて将棋に生きようとした凄い奴として描こうとしたのだと思います。だからこそ、「鼻緒」が必要だった。
 しかし、これまで見てきたように「ヨイトマケの唄」が「土方」をテーマとしているというだけで放送されないのが、日本です。「王将物語」を録音した60年代初め頃のことを考えると、発売禁止、放送禁止のギリギリ手前を鉄砲さんは狙ったのだろうなと思います。
 それは、「王将物語」という物語の限界と言えるのかもしれません。(写真は、1997年に舳松歴史資料館で開かれた「名人 阪田三吉特別展」のパンフレットの表紙)
 私は阪田さんが1929年に大阪朝日新聞に連載した「将棋哲学」という連載を読んだことがありますが、彼は将棋盤の上で学んだ哲学者であることをそこで知りました。自分が何も知らなかったと思いました。調べると彼は、部落差別と闘った人物でもありました(『メッセージ・ソング』参照)。
 五月家一若さんの「涙の王将」は、そういった事実を踏まえながら、物語を編みなおしているわけです。
 「涙の王将」には、故郷へ帰ってきた老境の主人公に向かって、幼なじみが、あなたは私たちの星である、輝き続けてほしい、そして一緒に闘おうではないかと、挫けそうになっている「坂田三吉」に勇気を与えるシーンも出てきます。とてもいい場面です。
 河内音頭は、河内家菊水丸(かわちや・きくすいまる)君が今もやっているように、もともとは「新聞詠(しんもんよ)み」とも呼ばれていました。つまり新聞でありジャーナリスティックな批判精神を備えた音曲です。だから、歴史的にいろいろなメッセージを盛り込んできたという特色があります。「涙の王将」も、突然のように思いついたネタではないんです。
 確かに鉄砲さんの「王将物語」から一若さんの「涙の王将」までに、40年もブランクがありましたが、河内音頭の力、あるいは河内音頭という「メッセージ・ソング」は、未だに生きているなと私は思っています。(連載第4回へつづく)。

*2001年1月19日、京都会館で行なわれた「第23回部落解放連続講座」(主催・部落解放京都地方共闘会議)での公演を再構成したもの。

( 2001/03/07 )

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