文・藤田正
「それは暗い時代の、ええじゃないか、であったと思う」
春日八郎の「お富さん」を説いて、阿久悠はこう書いたことがある。あのなぜか胸騒ぎが消えぬ陽気な大ヒットを、彼は、出口の見えない社会の「アナーキー」な気分を映し出していると指摘した。この歌は、力道山と死の灰(第五福竜丸の被爆事件)の一九五四年に、世間を一気に駆け巡ったのだが、阿久悠は「お富さん」を単なる流行り歌とは考えず、昭和の「ええじゃないか」とたとえた。「ええじゃないか」とは、江戸末期にあって、膨大な数の人たちが路上に出て、群をなし声を上げ舞った、きわめて大衆的で、わい雑な世直しの熱のことである。
二〇〇五年、『デラシネ・チンドン』の制作にあった沖縄で、ぼくは
ソウル・フラワー・モノノケ・サミットが録音するリズム立つ「お富さん」を耳にしながら、一瞬ドキリとしたことを覚えている。作詞家のあの言葉が、モノノケにも当てはまるのではないか?と思ったのだ。なぜなら「お富さん」は、平成の時代にモノノケが舞台に上げ、あるいは、その母体ともいえるソウル・フラワー・ユニオン関連の人たちによって、改めて光が当てられた歌だったからだ。
懐かしの歌謡曲をロック・ミュージシャンがカバーしたから、ではない。彼らは「お富さん」の基盤となったあの胸騒ぎのビートが、どんな歴史性を持っているのか、感覚的に理解しながら演奏していた。すなわち、本州ではチャンチキ、ドドンパ、それを総合したチンドンのリズム、奄美・九州(あるいは八重山)では六調、沖縄本島のエイサー…これらが、長い時間の中にあって「世直しの熱」として、ずっとつながっていることを彼らは把握しているのだと、ぼくは直感したのだった。
『デラシネ・チンドン』は、このような、歌の味わいの中に隠された、「根」や「歴史」を十全に伝える作品として仕上げられた。
アルバムの中でモノノケは、かつて炭坑で真っ黒になって働いた日本人や、半島から連れてこられた朝鮮人のかけがえのない名曲をカバーしている。あるいは、流れ着いてのドヤ街で、それでも太く生きる俺達の、熱い心の中身よ…そんな歌もある。未だに植民地支配の終わらぬ南島の切ない名歌も、そのウチナーの土俗をほほ笑ましくまとめた歌もある。被差別部落の歌もある。
ないのは、金持ちの歌だけ。為政者に微笑む歌だけが、ない。
『デラシネ・チンドン』は、九七年の『
レヴェラーズ・チンドン』以来となる三作目、初のスタジオ録音盤である。二〇〇五年九月、メンバーは沖縄本島に集まりここで収録曲の大半がレコーディングされた。今回は特に、壮士演歌から半島歌謡、酒場のエッチなザレ歌、セルフ・カバーと、以前にも増して広いジャンルをカバーしており、にもかかわらずどっしりとした統一感を持っているのが特徴的だ。
トップに置かれた「ああわからない」は、モノノケのトレードマークともいえる、かつての壮士演歌(日本のメッセージ・ソングの原点)のリメイク。背筋をしっかりと伸ばしマイクロフォンに向かう中川敬(ボーカル&三線)の凛々しさは、もはや日本のロックあってこの人だけの「格別の姿」となった。
続く二曲目が「
竹田こいこい節」。京都の被差別部落で大切にされてきたムラの歴史の美しき結晶である。「こいこい節」は、かの「竹田の子守唄」のルーツとされる一曲だが、その一本しかない古老のカセット・テープが、なぜモノノケに手渡されたのか。モノノケはその理由を、音楽の力だけで語ってみせる。アイルランド・トラッドの大物、ドーナル・ラニー(ブズーキ)を中心とした淡いバンド・アンサンブルの妙、それはムラのそばを流れる高瀬川のせせらぎを表わしているのか。チンドンのカネや管楽器の優しさに包まれて、中川の歌は微動だにせず立ち、竹田の地をつかむ。
そして3曲目に「お富さん」がくる。ちなみに作曲の
渡久地政信(とくち・まさのぶ)は、沖縄本島に生まれ奄美で育ち、南島のビート感を本土のメインストリームへ持ち込んだ重要な作家だった。そんな渡久地の名作をモノノケは、上空を米軍機が飛びかう北谷のスタジオで、気まぐれに録音したのではない。
そして最後に。ご存じのようにモノノケ・サミットは、阪神淡路の大震災が結成のきっかけだった。この十年余りの歳月、バンドにはたくさんの有志・仲間が出入りし今に至っている。彼らは、被災者、底辺で苦しむ人たちから「歌のありか」を教えられたと言う。だからこそラスト・ナンバーは「あまの川」。リーダーの伊丹英子(チンドン、コーラス)が震災をきっかけに作った鎮魂歌だ。この「陽気」なチンチンドンドンが、思いもかけずあの世へと渡った人たちの魂を、かならずや踊らせてくれるであろうことを祈りたい。
(2006年5月)
*引用文出展:『愛すべき名歌たち』(阿久悠著、岩波新書625、1999年)
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