昭和30年代、一時は浪曲と同じように人気があった
河内音頭の筆頭格だった鉄砲光三郎さんが、亡くなっていたことがわかった(2002年6月19日付)。
亡くなったのは6月2日。享年、73歳。
所属するテイチク・レコードが発表したもの。死因は肺炎。
鉄砲光三郎(本名、鉄砲光三)さんは大阪市の出身。小さい頃から大阪は河内平野のローカル・ミュージック(語りもの)である「
河内音頭(かわちおんど)」の音頭取りとして知られ、大学卒業後の1959年にプロへ転向した。
61年には、テイチクから発売した「鉄砲節
河内音頭」が100万枚を突破し爆発的な人気を得た。当時は
村田英雄や
三波春夫ら浪曲出身の歌手が人気を呼んでいた時代だったが、同じように浪曲に多大な影響を受けたダンス・ミュージック、
河内音頭も、この曲のヒットをきっかけに一大ブームとなった。
鉄砲さんと同じように、当時人気のあった
河内音頭/浪曲の演者としては、京山幸枝若(きょうやま・こうしわか/故人)がいる。
写真は、2001年に発売された最新シングル「“特攻隊・ホタル”知覧の母 」。