古謝美佐子8年ぶりの新作『廻る命』
『廻る命』
 八年ぶりの、古謝美佐子の新作が出た。アルバムを『廻る命』という。
 古謝美佐子は、九〇年代の沖縄ポップの隆盛を築いたチームの一つであるネーネーズを離れたのち、シングル「童神」や『天架ける橋』を作り、実にゆったりとしたペースで活動を続けてきた。この間、「童神」は多くの人にカバーされたし、唄三線の弟子ともいうべき夏川りみが全国的なアーティストに成長したりと、いろいろな話題はあったものの、しかし最初のソロ『天架ける橋』からこの二枚目『廻る命』まで八年もかけるというのは…ファンにとっては長い待ち時間だった。
 まぁ古謝さんにとっては、録音し記録されたモノを売るという商行為じたいが嫌いなのだから、しようがない。ファンはそのことも知っているから、じっとしていたのだった。お客さんの顔が見える場所で、歌を共有したい。それだけの古謝美佐子なのである。
 一曲目「天じゃら」から、どっぷりとコジャ・ワールドが始まる。「天じゃら」とは天上の星のこと。すなわち、あの世へ旅立ち、今や星となった祖母の死をきっかけとする歌なのである。
 バイオリンやビオラ、中国の箏、そして三線という弦楽器が静かに鳴り響く中、古謝さんはうたう。
「泣いてどうするの、あの世旅立ちは、皆あることだから、迷うことなかれ」(訳詞/原詞はウチナー口)
 死をしっかりと受け入れるという姿勢は、日本のポピュラー音楽が苦手とし、一番に避けてきたことだ。その正反対に位置するのが沖縄音楽であり、古謝美佐子のこの一曲目だと言えるだろう。彼女が、メジャー(大手レコード会社)にいることができず、大人気だったネーネーズから、パートナーである佐原一哉と共に独立した根本的な原因とは何であったか、この一曲目に感じることができる。
 すなわち人は死に、人は新しくこの世に生を受ける…古謝美佐子は人間として当然の「廻る命」から目をそらすことのできない、最高の「古くさいウチナーンチュ」そのものなのだった。彼女にとって歌は、商売・シゴトではない。祈りなのである。
 だからこそ古謝美佐子は、子守唄の名品「童神」を作ることができた。実質的に米軍に殺された父。労苦と絶望の中、美佐子を育て上げた母。米軍基地と共にある嘉手納であっても、この町を古里とし暮らす子や孫、近隣の親戚や仲間たち。そういった人たちがあってこそ、今の私がいるのだという思いが、アルバム『廻る命』では、前作以上にはっきりと出ている。
 ウチナーンチュは太陽と共に生きていると、ちびっ子たちと歌い上げる「太陽ぬ子」、湾岸戦争〜イラク戦争をきっかけとする佐原一哉の代表的一作「黒い雨」、この地球の真の平和を願う古謝版「アメイジング・グレイス」。新しく作られた子守唄「黄金ん子」では、母(祖母)から小さな子への優しいオマジナイの言葉も入って、これが親不孝モノのぼくには、相当にイタイ。古謝の深く優しい母性あふれるボーカルは、「いやし(癒し)」などという月並みな表現を超越して、現代社会に対する抗議文・プロテストとも言えるはずだ。
 唯一無二のボーカリスト、古謝美佐子による素晴らしい作品である。
 なおこのアルバムは、現時点ではコンサート会場だけの発売。一般発売は、音の作りをじゃっかん変えて、本年の10月頃に店頭にならぶ予定だ。
 余談。先日、東京の唄会でこのアルバムを買ったのだが、そのライブで歌われていたウチナー版「竹田の子守唄」…この見事な歌唱が録音されるのは、いつのことになるのでしょうか。
文・藤田正(初出・月刊『部落解放』2008年8月号)
*廻る命/古謝美佐子(ディスク・ミルク)3000円(税込)
*『廻る命』の一般発売決定:2008年10月25日
  問合せ、ボンバ・レコード(tel: 03-5484-0688)
 
古謝美佐子ホームページ:
http://www.kojamisako.com/

( 2008/07/30 )

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