文・藤田正
結成以来初めてというモノノケのライブ・ツアーに出かけた(2006年7月15日)。
大阪から京都、名古屋での公演を経て、東京は上野の隣り駅。会場となったJR鶯谷駅にある「キネマ倶楽部」は、映画のロケにも使われるデザイン古色な劇場だった。アルバム『
デラシネ・チンドン』を出したばかりの
ソウル・フラワー・モノノケ・サミットは、この東京公演を終えると、8月の沖縄スリー・デイズが待っている。
鶯谷の駅前南口あたりというのは、なかなか下町っくな場所で、会場の周囲にはパチンコ店や飲み屋が並び、その向こうにはお昼から大賑わいの数軒のラブホがあって、モノノケらは今回の新譜発売記念ツアーのために、特別にこの駅前を選んだのか? とぼくはちょっと楽しく思ったのだった。なにしろストリート系ド演歌の傑作「釜ヶ崎人情」まで、当り前のようにカバーしてしまうモノノケのことだからさ。
ステージに立ったのは6人である。フロントに伊丹英子(チンドン)、中川敬(三線)、内海洋子(チンドン)が立ち、後方には新加入の仲村奈月(島太鼓、三線)、奥野真哉(アコーディオン)、河村博司(ベース)、大熊ワタル(クラリネット)、樋野展子(サックス)と並んでいる。中川のボーカルが中心となり、チンドンのリズムにアコーディオンや管楽器が切なくからみつく…というスタイルは従来のままだだが、最新作『
デラシネ・チンドン』でもわかるように、女性たちの声、それも沖縄系のニュアンスが今回は強まって、とても男性的な中川の声に「しっとり感」が加味されたライブだったと思う。
というのも、たとえば太鼓と三線の仲村は登川誠仁の弟子としてとても将来が期待されている人だし(つい先日まで琉球ディスコもやってたけど)、リーダーである伊丹英子も沖縄では登川派の門下生なんですね、今や。
だから、もともと音楽的にも思想的にもオキナワが入ってたモノノケだったんだけど、結成から10年以上も過ぎて、南方情緒と、チンドン&明治大正時代の情緒が、今やいい具合で溶け合ってる、って感じがしました。
1曲目はおなじみ「美しき天然」。彼らは充分にスローなテンポでやり出すが、こういうのってメンバーの自信の表われなんだよね。そして次に「ラッパ節」「聞け万国の労働者」「トラジ」「アリラン」と、モノノケならではのカバーが続いていったのだが、ぼくにはなんだか胸に迫るものがあった。モノノケのボーカル、そしてバンド・アンサンブルって、まさしく「歌っている」から。それもこれは間違いなく「アジアの音楽」なんだ。欧米からたくさんのものを学んだが、ワシらにはコレがある、という「核」のようなものがモノノケには存在する。彼らは労働歌や朝鮮半島の歌をリバイバルさせたチンドン・ロックと言われていて、もちろんそれは間違ってはいないが、ぼくは彼らと付き合っていて「9.11」以後の日本の音楽を考える場合に、まず筆頭に注視しなくてはならないのは(本土では)この人たちなんだろうと思い至るようになった。
鶯谷のライブは、チケットが売り切れで満杯状態。でも500人ほどじゃなかったか。いい音楽をやっていれば客は入るというのは、基本的にありえない話で、これがモノノケの現実、すなわち日本ポップの断面を表わしているのだろう。
「いいコンサートだった」…とだけで、この一夜を終わらせるのは、ファンとしてどうか。
「竹田こいこい節」「竹田の子守唄」(赤い鳥バージョン)、「マジムン・ジャンボリー」「お富さん」「蒲田行進曲」「満月の夕」と、普段よりも幅広い選曲、しかも時間の長いセットで、途中では仲村奈月のソロも登場した(「ヒヤミカチ節」の三線はあの若さでは最高のレベルだ)。
8月のライブは沖縄で。3デイズのラストである同月13日(日)には、ドーナル・ラニー&アンディ・アーバインも参加するというイベントが那覇で開かれることをつけ加えておこう。