菊水丸は
河内音頭の音頭取りだ。関西ではけっこう有名な芸人さんだが、さて関東ではどうだろう。彼はかつて「カーキン音頭」が(関東だけの)CMに使われてすごく売れた時期があったけれども、売れたからといって、安易に立ち位置を替えなかったのが彼のいいところだ。あくまで音頭取りとして、彼はボブ・マーリー一代記を歌い、日本の政治を批判する音頭を作る。
カワチ・ローカルの音曲・語り物に固執する彼。
それはポップスの方面から眺めればまったく変った男である。そういえば変った男つながりで(?)、国会議員の田中康夫ともつるんで社会的な発言をしている。また、船場吉兆が一時的に再会した時に、すかさずランチを食べに行き、報道のカメラにちゃんと収まるという「軽さ」も彼ならではだ。そう社会派のようでいながら、その前にあくまで人気あってこその芸人さんであることを彼は忘れていない。
そんな彼の土台となったものとは何か? この夏の前後に、ベスト盤ともいえるアルバム『河内家音頭秘蔵コレクション』と、若い日の生活を描いた書籍『音頭ボーイ』が出て、へぇと思うことしきりだった。
まずはCDが面白い。9歳の「河内の歴史」から45歳(今現在)の「寛永御前試合 井伊直人」まで各時代の6演目が収録されているのである。浪曲や音頭のコレクターとしても知られる彼だけに、自分史においてもさすがのコレクションなのだった。
ちなみに彼のバックをつけていたのが、現在は古謝美佐子のパートナーでありプロデューサーとして活動する佐原一哉である。
書籍『音頭ボーイ』は、菊水丸という音頭取りが、母親を「ママ」と呼んでいたという、ひっくり返るような事実の子ども時代から始まる。ママはピアノの先生。そして離婚してしまった父親(菊水さん)は、鳴らす雪駄(せった)もチャラチャラと〜というような音頭取りの師匠であった。母に隠れるように、父を、河内の音頭を追う若き日の菊ちゃん。彼はとりつかれるように地元の音曲にのめり込んでいった。
本書で最も感動的なのは、相撲の片男波親方との交流だ。音頭と同じように相撲が大好きだった彼は、大阪場所のためにやってきた片男波部屋の宿舎を連日訪れる。この年の片男波部屋は、予定を替えて菊水丸の地元である八尾(やお)を稽古場としたからだ。
これが縁で彼は千秋楽の打ち上げにも呼ばれるようになり、その時にみんなの前で歌った演目が、なんと「悲運名横綱 玉の海」だった。これは父の持ち歌であり菊ちゃんも大のお得意。そして横綱玉の海とは、かつての片男波部屋の大隆盛を支えた横綱だったのである。
「キヨシ(菊水丸)の唄に座はしんと静まり、終わるとともに大きな拍手が巻き起こる。
横綱玉の海の死で急速に衰退した片男波部屋。見ると、親方は涙ぐんでいた」
芸能を職業とする人たちには、その人生の中で、思いもかけないドラマがどこかに待ちかまえているようだ。
天才的な子役として一世を風靡した中山千夏の対談集『ぼくらが子役だったとき』も、逸話とドラマがふんだんに盛り込まれて飽きさせない。
登場するのは、戦後の子役として最高の人気を誇った松島トモ子(長じてケニアでライオンとヒョウに食べられそうになり大ニュースになった方です)から、長門裕之、四方晴美、小林幸子、水谷豊…などなど。ただ中山は、有名人と「お懐かしいわー」と過去を語り合いたかったわけではない。それは次のような言葉に表わされる。
(何人もの元子役に取材を断られて)「…子どもがオトナと付き合うのは『振り返って語るのもイヤ』な経験が少なくないことなんだ。子役の場合、後日の蔑視も含めてね。私はそこをさらしたくて企画を始めた。問題は普遍的です。女の問題が普遍的であるようにね」
さらっとした読みごごちではあるが、「権威」「権力」とは「小さな者」の前にどのように出現するか、的を射る発言がいくつもあった。
特にラストを飾る梅沢富美男の
歌舞伎批判は、『週刊金曜日』の連載時から、よくぞ言ってくれたと思っていた。ぼくは
歌舞伎は好きではあるが、あのクサれシステムの弊害はライブを観ればたちどころに理解できる。なのに、多くの人たちは
歌舞伎の「権威」と「権力」に目がくらんで何も言わない&言えないのだ。例えば、団十郎親子のパリ公演はテレビで観たけど、あの二人の芸、どっこがいいの? 笑わせるなだよ。
中山千夏との次の会話が、単行本として残っただけでも、エライことだ。
梅沢(略)
歌舞伎なんて、同じ芝居を何十年もやってれば、誰でもうまくなりますよ。
中山 うん、そうだ。
梅沢 おれなんかすごくうまい役者になると思いますよ。
中山 うん、そうだ!(笑い)
梅沢 じじいたちが一生懸命やった芝居をまだやってるんですから。型っていうのは、その人がつくった型がかっこよかったんであってね。
中山 私も伝統と世襲は大嫌い。
梅沢 あの名取制度っていうのは許せないですよ。団十郎の子どもは必ず団十郎になるって、中にはダメなのもいるでしょう。
…あとは実際に本で読んでください。今の
歌舞伎の舞台を見たことがある人であれば、そうだよね〜とうなづく発言が続いてます。
(藤田正)
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CD『河内家音頭秘蔵コレクション/河内家菊水丸』
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『音頭ボーイ』/河内家菊水丸著
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中山千夏著『ぼくらが子役だったとき』