劇団1980「謎解き 河内十人斬り」
(劇団1980)
 劇団1980による「謎解き 河内十人斬り」を観た。
 河内音頭(かわちおんど)は、日本の語り物の中でも、いまだに闊達なエネルギーを保っている。仏供養の盆踊り歌であるから、ダンス・ミュージックでもある。
 この河内音頭の中で、避けては通れない演目が「河内十人斬り」で、ある程度のキャリアを持つ音頭取り(シンガー)であれば、これを演じられないとは口が裂けても言えない。それほど重く、それほどに「十人斬り」は面白い。
 なぜなら「河内十人斬り」は、明治26年に河内平野・赤阪水分村(あかさか・すいぶんむら)で実際に起こった猟奇事件をベースにしているからで、それも老人から赤ん坊まで惨殺したにも関わらず、殺人者である二人は「男持つなら熊太郎、弥五郎、十人殺して名を残す」と、ヒーローとして描かれているからである。
「河内十人斬り」は、ある鮮烈な事実が歌や語り物に乗せられた時、その事実がどのように「物語への道」を辿るかを教えてくれる優れた「教材」であるとも言えるだろう。
 
 劇団1980(いちきゅうはちまる)は、1990年からこの血なまぐさく、エロチックで、怪奇な物語を舞台に上げてきた。「謎解き」とあるように、河内音頭の中で描かれる人間関係を、当時の新聞などと照らし合わせ、本当の事件とはいかなるものであったかをコミカルに検証する。今回は池袋・東京芸術劇場での公演で、2001年2月4日の最終日は、広々としたホールにもかかわらず、たくさんの観客が集まっていた。
「謎解き 河内十人斬り」の設定は、セミプロとおぼしき河内音頭仲間が、この演目を一度バラバラにし、新しい解釈で「十人斬り」を歌いなおそうとする、というものである。そうすれば自分たちも人気が出て、きっと儲かる……寿司屋の音頭丸(加瀬慎一)、農協の市太(佐藤リョースケ)、信用金庫の次郎作(さとうしゅうへい)たちは、こう考える。
 農協の市太が「熊太郎」、信用金庫の次郎作が「弥五郎」と、時に応じて劇中劇となり、不義密通の現場、借金を踏み倒され殴られた熊太郎の怒りが沸騰する場面など、そこかしこに音頭が登場する。バックの演奏には三味線が14人もいて、ジャズ・ドラマーの古澤良治郎と元・上々颱風の猪野陽子(キーボード)も上手(かみて)に待機、そして歌舞伎などの手法や呼吸も取り入れるなど、和風ミュージカルとして面白いアプローチが見られた。
 ボーカル(音頭)のスタイルは、もろに鉄砲節(鉄砲光三郎)。
 音頭、三味線、太鼓ともどもマネの域を出てはいないのだが、舞台芸としてずいぶん頑張っていることは、手に取るようにわかった。
 明治に起こった河内の虐殺事件は、百姓一揆が背景にあったのではないか。
 「謎解き 河内十人斬り」は、こうユニークな提案をする。
 2人の殺人犯を捕らえるために、たった500人ほどの山村に400人もの警察官やら検事やらが結集し、奈良など近隣の警察を総動員までして捜索にあたった不思議。「自殺」した二人が発見されるのは、犯行から12日後のことだった。それも村からさほど離れていない場所でである。二人に食料を与えていたのは誰か?
 カネを返してもらえず、間男(まおとこ)された恨みだけで、村会議員・松永一家の赤ちゃんまで惨殺してしまうという、ナゾ。しかも最も憎い間男した当人は、事件当夜、出稼ぎに出て不在だったのである。
 考えれば考えるほど、不思議である。
 「謎解き 河内十人斬り」は、無頼の二人が、単なる恨みで犯行に及んだのではないと言う(作・演出、藤田傳)。熊太郎、弥五郎は、村人に「おだてられ」、ヒロイズムに酔いながら、村の圧制の象徴である松永一家に、みせしめの鉄槌をくだした、と。だから歌の文句が「男持つなら熊太郎、弥五郎、十人殺して名を残す」。
 この不穏な動きを察知したからこそ、異常なほどの官憲を村へ送り込み、二人を「自殺」させた…。
 かつて「河内十人斬り」を大ヒットさせたのは、富田林署署長のお抱え人力車夫として事件をつぶさに見たとされる岩井梅吉だった。梅吉は、事件後ただちに大阪・千日前の舞台にかけ40日間も興行を続ける大当たりを取る。
 彼が事件の「レポーター」として知った真実とは何か。それは、今も歌いつがれる多くの「十人斬り」の物語に埋め込まれているのか。
 劇団1980の、ある意味で「明快」な謎解きを観て、ますますナゾの深まりをおぼえた「十人斬り」だった。

( 2001/02/05 )

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