二つの「竹田の子守唄」とメッセージ・ソング(1)
第1回 復興節/ソウル・フラワー・モノノケ・サミット
文・藤田正
 ただ今ご紹介いただきました藤田です。
 これから人権にかかわる音楽のお話をさせていただくわけですが、その前に、私がどのようにして今回テーマとする「竹田の子守唄」などの音楽とめぐり合ったかを、お話したいと思います。
 私は、一般に洋楽と言われる欧米のポピュラー音楽を専門としてきました。
 外国の、アメリカの黒人音楽やカリブ海の音楽が中心です。ブルースやジャズ、ラテンといった音楽ですね。もっと前は、ロックしか聞きませんでした。日本の歌が嫌いだったのではなくて、意識して聞き始めたのが欧米の音楽が最初だったわけです。
 音楽を、ちょっとでも意識して聞き始めると、それまで見えなかった色々な発見があるものです。たとえば、ロック・ミュージックがどれほどアメリカの黒人音楽にお世話になってきたのかとか、素晴らしい音楽が必ずしもヒット・チャートの上位には来ないものだとか、姿カタチはまるで違っても、社会背景や成立状況が実によく似ている音楽が世界各地にたくさんあるという発見もその一例です。
 そういうふうにして巡りめぐって出会った初めての日本の音楽〜音曲(おんぎょく)が、河内音頭(かわちおんど)でした。
 河内音頭がえらく好きになって、その背景にある浪花節も好きになりました。三味線音楽ってなんて素晴らしいんだろうとも、思い始めました。
(リスペクト SF032)
 言ってみれば、ロックやブルースに導かれ、洋楽に教えられて日本の音楽や芸能の素晴らしさに気づいたという、かなり変則的な道筋を私は辿ってきたわけです。
竹田の子守唄」も、こういった経緯で知ることができた日本の名曲です。
竹田の子守唄」は、1960年代の終わりに「赤い鳥」というフォーク・グループがヒットさせた美しい歌ですが、奇妙なことに、歌の出身が被差別部落であるがゆえに、また歌にそのような内容が織り込められているがゆえに、放送などのメディアでは疎外されてきたという歴史を持っています。
 70年代初頭、「竹田の子守唄」はギターを抱えた青年たちがよく取り上げた歌でした。と同時に「イムジン河」や「チューリップのアップリケ」などと同じように、公然とうたってはいけない歌だという風評も、ごく普通の学生だった私の耳にも聞こえてきた歌でした。
 全国的にヒットした歌が表舞台では消え、しかし広く根強く一般の人たちは覚えている。「竹田の子守唄」は、一種独特のシコリを抱えながら現在にまで至っています。
 今回はまず、「竹田の子守唄」が置かれた境遇とよく似ている曲を紹介したいと思います。「復興節」です。
(写真は、この歌が収録されているソウル・フラワー・モノノケ・サミットの『アジール・チンドン』)。
 「復興節」は、もともとが関東大震災の時に作られた歌です。作詞は、演歌師として有名な添田唖蝉坊(そえだ・あぜんぼう)の息子さん、添田さつき。メロディは中国の「沙窓」という曲をもじったものだそうです。家なんか焼けちまっても、オレたち江戸っ子の気持ちは塞(ふさ)いじゃいないゼという、勇ましく、感動的な歌です。
 これを、ソウル・フワラー・ユニオンSoul Flower Unionの分身である、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットというチンドン・バンドが、阪神淡路の大震災の直後に蘇(よみがえ)らせました。
 添田さつきのオリジナルから、リーダーの中川敬(たかし)が作った阪神淡路復興へのメッセージへとうたい繋(つな)がれるのが、新しい「復興節」のいい所です。
 この歌が入ったCDは今、リスペクトという独立系のレコード会社から出ています。しかしほんらいこの歌は、大手のレコード会社から出る予定でした。
 はっきりとレコード会社から言われたわけではないんですが、「止めてくれ」らしきお声がかかって、結局出すことができなかった。
 なぜかというと、「東京の永田にゃ金がある、神戸の長田にゃ唄がある」という部分が問題らしい。「ナガタ ちんどん エーゾエーゾ」と、このあたりがダメらしいんです。
 リーダーの中川君が独自に調べたところでは、震災でも一番に深刻な被害を受けた地域の一つである長田は、被差別部落があったり、たくさんの在日の人たちが住んでいる。そういう地域がうたい込まれている歌は、平たく言えば、どんな抗議を受けるかわからないから発売したくない、というのが会社側のホンネだそうです。
 歌のラストには「阪神復興 エーゾエーゾ 淡路復興 エーゾエーゾ 日本解散 エーゾエーゾ」とあります。
 私には、まったくそのとおりの立派な歌だと思えるのですが、マズい部分に触れているらしい。
 ただ、どこがどのように悪いのかは、はっきりとは指摘さることはない。中川君はそう言っています。
 そして結果として、歌を評価してくれた小さなレコード会社からCDが出たということです。この歌が入ったアルバムはヒット作となり、評価も高く、当たり前のことですが、抗議など一切来ていません。
 「復興節」のゴタゴタは、「竹田の子守唄」の背景とも密接につながっています。
 「竹田の子守唄は、かつて日本三大民謡の一つとまで言われた歌です。それがしだいに放送では流れなくなった。止めておいたほうがいいよという状態になっていきました。
 歌の出身地が被差別部落であったからです。
 「言論・表現の規制」というのは、初めから目に見えるかたちで、暴力的に止めろ!などとはならないようです。
 この歌は市場に出さないほうがいいみたいだとか、歌わない方がいいみたいだとか、本心を明らかにせずに遠まわしにゆっくりと締め上げていく。歌は徐々に隅の方に置かれていく。その典型が、「復興節」なり、「竹田の子守唄」だったんじゃないかなと私は思います。
(連載第2回へつづく)。

*2001年1月19日、京都会館で行なわれた「第23回部落解放連続講座」(主催・部落解放京都地方共闘会議)での公演を再構成したもの。

( 2001/03/01 )

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