「地図にない村」
十月三〇日(土)
普段着の沖縄を撮影させたら、
大城弘明さんにかなうカメラマンはいないだろう。
大城弘明さんは長く沖縄タイムス社に所属し、米軍基地のような社会ネタから高校野球に至るまで広くシャッターを切り続けたベテランである(現在は同社・写真部嘱託)。
縁あって、ぼくが書かせていただいた『沖縄 島唄紀行』(小学館)でも、古典(
組踊)の舞台から村祭りの珍しいショットまでたくさんの芸能関係の写真を使わせていただいた。そのあと、照屋林助さんの単行本のために、林助さんを撮ってもらおうと思ったのも大城さんだった。大著『おきなわの祭り』(沖縄タイムス)もカメラはこの人であり、おっちょこちょいのぼくは、しばらく大城さんはタイムス社の芸能専門の方かとすら思い込んでいたくらいだ。つまりそれほどジャンルが広く、かつ一つ一つが深い。
こんな出来事もあった。もはや車椅子の生活になっていた、ある意味とても気難しい最晩年の林助さんを、大城さんに引き合わせたとき、5分もしないうちに大城さんはテルリン師と穏やかに談笑していたのである。もちろんウチナー口で。「大城さん、あなたの好きなように撮りなさい」。そんな感じの「ラスト・フォト・セッション」だった。傍らで彼ら二人の朗らかな会話を聞いていたぼくは、技術を超えたカメラワーク……すなわち、
大城弘明というカメラマンの人がらが、静かに被写体を通じて写し込まれる瞬間を目撃したのだった。
「なんでもないような沖縄の日常」。これは撮れるようでなかなかに難しい。たとえが悪いかも知れないが、沖縄は政治や経済、文化、自然に至るまで「ネタ」はたくさんある。だからそれを「(他人が思い込んでいる意味での)典型パターン」にあわせるようにして写真を作り上げることは、簡単なのだ。大城さんの写真はその対極にある。
それで、10月23日。東京は青山で開かれた
佐藤卓さんの「ほしいも学校」のトーク・イベントに出かけたとき、会場となった青山ブックセンターに「この本」があった。大城さんの写真は少しは知っていると思っていたが、本書『地図にない村』は決定打である。ウチナーンチュとしての、またカメラマンとしての彼の原点がそこにあった。
題名にある<地図にない村>とは、「地図から消えたのは喜屋武、真壁、摩文仁の三村が1946年に合併して誕生した『三和』と名づけられた村である。合併の理由は戦前の人口が
沖縄戦によって半減したことから、独自の村を形成することができない状態であったためである」(仲里効による解説から)
そしてこの三和村は、さらなる合併により、61年に糸満町(現・糸満市)へ吸収される。村が存続したのは15年間。大城カメラマンはここ旧三和村福地に生を受けたのだった。
『地図にない村』は、
沖縄戦で何もかにもが壊滅状態となったその「跡地」に生まれた一人のウチナーンチュが見たもの/見えたもの(それは大城さんにとっては、ある意味「普通の風景」だ)……から、フォト・ストーリーが始まる。
70年代のショットが圧倒的に多かった。あの時代、コザの蜂起(コザ暴動=70年)があり「
本土復帰」(72年)があり、皇太子の来沖(75年)があった。沖縄の、改めての世代わりの時である。その劇変の沖縄にあって、(彼=旧三和村民にとっての)変ることのないものとは、
沖縄戦により一家が消滅したその跡地であり、ガマ(洞窟)に散乱する白骨であり、慰霊の日の追悼式に人々が集う姿であったりするのだ。
どのショットも、なぜか「懐かしい」。そしてこの懐かしさとは、遠く去っていった人を思うことから生まれると、大城カメラマンは教えているように思う。まさに、彼はなくなった村に生まれた一つの「未来」であった。
お顔の中央に大きな眼帯をしている実のおばあさんの写真が、すべてを物語っている。
おばあさんは、米軍機の機銃弾によって左目と鼻をえぐりとられた。九死に一生を得たそのおばあさんが、ひ孫を抱いて縁側に座っている(写真ナンバー016「ひ孫が来たよ」、1976年)。現代沖縄のスタート地点を、大城さんは見事にとらえてみせた。
想像を絶する苦難を体験した沖縄の先輩たちが、なぜあのように笑顔を絶やさぬ人たちでもあるのか、その沖縄的「日常性のナゼ」がこの写真集で解き明かされる。
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表紙にも使われている 「戦争の傷跡を残すヒンプン(1972年)」 photo by 大城弘明 |
「地図にない村」:
http://chizuninaimura.ti-da.net/
「ほしいも学校」(@青山ブックセンター)
http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_201010/1023.html
amazon-『大城 弘明写真集 地図にない村 (沖縄写真家シリーズ 琉球烈像 第4巻) 』
amazon-『沖縄 島唄紀行 (Shotor Library)』(藤田正・著、大城 弘明・写真)