11月24日 しょうちゃんの蛇に三線/藤田正
「カムイ伝講義」
 
一一月二四日(木) 

 
 先日、埼玉県の上里町へ行ってきた。町が主催する人権の講演に呼ばれたのだ。
「かみさと」は埼玉でも北端にあたり、お隣りは群馬県である。町の人口は三万二千人ほどだが、なんと講演会には八百名(それ以上?)もの人たちが会場へ詰め掛けてくださって、呼ばれたぼくとしてもやりがいがあった。
 部落差別などの人権問題を、音楽という柔らかいメディアを使って語るのは、これからさらに重要なことになってくる…そう、改めて確信した一日だった。
 でも、「竹田の子守唄」に始まって、ジョン・レノン美空ひばりと講演のテーマは個人的には増えたものの、基調に「差別&人権」を置いて有名なシンガーやヒット曲のことを喋ったり文章を書いている「音楽評論家」って、ずいぶん少ないのでは?…ふと、そんなことも考えたりしたのだった。
 黒人音楽に教わったことの一つが「反差別」への意識を忘れないことだった。もちろんロックにしても、どんな音楽にしても、差別問題を抜きにしてその音楽の核心を語ることはできないんだけど、不思議なことに、プロの(日本の)ミュージック・ライターっておおむね関係ないよ、って感じなんだよね。たとえば戦後の沖縄音楽の凄さは、(何度も書いてきたけど)ウチナーンチュへの歴史的差別と、極めて深刻だった戦争被害なしにありえないのに、それは少ない。とても残念なことだし、同時に日本の音楽業界の「本質」の一端を表わしているように思う。
 かつて竹中労(故人)という豪腕がいて、ぼくは氏の原稿取りをやらせていただいていた。沖縄音楽をジャパンに紹介したのも、ひばりに関する圧倒的な原稿を書いたのもこの人で、でも労さんは「音楽評論家」じゃないもんな〜。労さんは、やんちゃで、ヤバンな革命家だった。そうだ、音楽評論家とすれば平岡正明さんもいる、けど、あと…あぁ、みんな大ベテランばっかし。小沢昭一さんは100%の芸能者だし。
 ぼくはこういった諸先輩のアトを継ごうなんて、さらさら思っていない。できやしない。あんなアタマよくないもん。でも、諸先輩方から音楽や芸能の本質に「差別」があるということを叩き込まれて「得」をさせてもらった。だから、そのお返しぐらいは、音楽・芸能に対してしようと思っている。差別、ゆるさんからね…じゃなくて、人はなぜ、もの凄い歳月をかけて「差別」という馬鹿げたもの(あるいはそら恐ろしきもの)を、心の中に、そして社会体制の軸の中に構築してきたかを、ぼくの好きな音楽を通じて語ってみたいと思うのだ。
 …ということで何だか話が長くなってきたが、ここ1か月ほどで読んだ書籍に、芸能&差別に関するナイスなものがありましたので、それをこのページのラストにご紹介。

 田中優子の『カムイ伝講義』は、白土三平のかの名作漫画『カムイ伝』を、彼女の研究対象である江戸時代理解のための教材として使ったその講義をベースとしたもの。『カムイ伝』あるいは『カムイ外伝』がどんなコミックであるか知らなくても、どんどん読んで行けるのが田中さんの筆力であり、編集の力量だ。
 アタマからアイヌが登場し、続いてエタ(穢多)〜非人なる日本のカーストの外に置かれた人々が日本社会に果たした重要な役割がこと細かく解説されてゆく。エタ&ヒニンは、非人間として意味もなく社会の外へ放り投げられたのではなく、士農工商なる身分社会を成立させることに不可分であったことが、様々な仕事のなりたちや、『カムイ伝』のポイント&ポイントを絵解きしながら証明されてゆく。記述のいくつかはこれまでの研究書に書かれているものではあるが、カムイを通じて、みんなに報せようという基本的な企画力が決定的に異なる。
 さらに田中先生が、どこか「突き抜けた女性」であるからなのだろう、読み心地もいい。
 かの龍安寺(りょうあんじ・京都)の石庭は差別を受けた「河原者」によって作られたことは知られているが、彼らの生活の場が<河原>であったからこそ「石」に対して深い知識があった…という視線。こういうナルホドの記述は、百姓、山の民、村の女…といった「下々の人々」の生活のそこかしこに出てくる。
 そしてその上で、身分社会の頂点に立っている武士こそが、生活のほぼすべてを「下々」に任せたがゆえに、彼らは武家社会の中の極めて細かな階層のあれこれに、そして「ぼくちゃんって誰?」のアイデンティティ問題に、苦悩する…のであった。
 人が人を支配するってことの下らなさの本質が、まざまざと見えるような本でした。

 塩見鮮一郎の代表的な著作『弾左衛門の謎』が、リアレンジされて文庫になった。
「弾左衛門」とは、江戸時代に江戸を中心にエタ社会を支配した人物名であって、この名前は明治の世代わりまで代々受け継がれた。弾左衛門も、我々の芸能と深いつながりがある。
 そんな弾左衛門のルーツが、じっくりと解き明かされるのが本書の前半である。「彼」のルーツが、実は関西は摂津の国・池田であって、それはさらに古代にまで遡る…というのがまず面白い。
 そして江戸時代に「弾左衛門システム」がいかに広く深く機能したかが語られ、さらに現代の歌舞伎が被差別の存在から抜け出すきっかけとなった事件の始末記にいたる。もちろんこれも面白い。そしてこの事件に端を発し、歌舞伎モノ(二代目団十郎)がエタ(弾左衛門ら)に対して、どのようなイヤミ(差別)を劇中で行なったのか…それはまさしく、江戸歌舞伎の代表的一作「助六」(助六由縁江戸桜=すけろく・ゆかりの・えどざくら)に表われているというのがラストである。芸能好きには、またまた面白いっす。かの「助六」がまったく別物に見えてくるものね。助六がイジメつくす「髭の意休(ひげのいきゅう)」が、何であんなにヘンテコなヤツとして描かれているのか、この本で初めて知った。

『太郎が恋をする頃までには…』は、一世を風靡した猿まわしの太郎さん(村崎太郎氏)の奥さん(栗原美和子)が書いた小説だ。栗原さんは、フジテレビの名物プロデュサーだそう。この栗原さんが、太郎さんと、どのようにして結婚したのかのモロモロを私小説としてまとめたのが本書である。でもこれは、ちょっと残念本でした。
 猿まわしは部落の芸能である。実際の太郎さんは、消滅寸前にあったこの部落の芸能を蘇らせ、80年代、あの「反省!」で有名になった初代・次郎とのコンビでブレイクした人物である。不思議なのは、小説に登場する主人公(妻になる女性)は、猿まわしを商売とする男性がどんな存在であるかの下調べをすることなしに、彼をインタビューし、これがきっかけとなって(まるで興味がなかった男なのに)結婚する、のである。
 テレビや新聞の現場にいる人であるならば、それなりに当人および周辺を調べるのは鉄則以前の行為であるのだが、主人公は雑音を入れたくないと下調べ拒否を文中で力説する。ぼくも編集者〜インタビューワー経歴は長いけど、経験上、これってウソっぽい。著者の栗原さんがもしこういう姿勢をホントの仕事の中で実行しているとしたら、常に余計なトラブルを抱えていることになるし、いい出来のものが作れる可能性は低い。またそんなトラブルを経験したことがないのなら、大メディアという「権威の傘の下」で仕事をしてきただけの女性であるとの傍証になりはしないか。
 この「なんだかヘン」の印象が消えないまま、本書はずっとラストまで行ってしまう。
 案の定…といえばいいのか、部落の歴史的財産である「猿まわし」には、また、パートナーである太郎さんがどんなに苦労してこの伝統芸能を再興したか(それこそがダンナとしての大勲章だ)については、あんまし触れられておらん。ダンナさんの「汗」や「葛藤」に、本質的にあんまり興味がないのかな〜という読後感なのだ。一つの芸能をやり抜くことも、もちろん大変なことだけど、復興し同時にいわれなき差別と闘わなくてはならない猿まわしという芸能者の「必死な思い」を、当人は、そしてその妻はどう受けとめたのか、それが書かれていない。
 おそらく、これ以上書けないシガラミがたくさんあったんだろうな〜と想像してしまうような中途半端だし、作家ならその厳しい差別のシガラミを書いてこそゼニがもらえる。完璧なフィクションにして、表紙に実物の結婚式(?)の写真なんかも使わないほうがよかったですね。
 
amazon-『カムイ伝講義』(田中優子著/小学館)
amazon-『弾左衛門の謎』(塩見鮮一郎著/河出文庫 し 13-3)
amazon-『太郎が恋をする頃までには…』(栗原美和子/幻冬舎)

( 2008/11/24 )

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