ひばり、そして『対論 部落差別』(組坂繁之、高山文彦)
平凡社新書434
 以前から不思議に思っていることがある。美空ひばりと部落解放運動との関係である。
 断っておくが、ひばりが部落出身者であるかどうか、といった詮索ではない。こういったウワサ話はひばりのような高名な人物のばあい、過去から今にいたるまでいくつも転がっており、ぼくもその中に一話付け加えたいわけではない。
 ぼくの関心は、その晩年、重い病に侵された彼女がなぜ上杉佐一郎を頼ったのか、ということにある。
 上杉佐一郎とは、かつて部落解放同盟の指導者だった人物である。
 1987年4月、美空ひばりの「秘書」から博多にある済生会福岡総合病院に電話が入る。彼女が診察を受けたいということだった。有名人からの突然の申し出に病院側も半信半疑だったようだが、はたしてひばりは東京からやってきた。彼女は以後、103日間の闘病生活に入る。
 同病院の小川滋(現名誉院長)によれば、ひばりと会い、初めての「診断を伝えた後、『なぜ私を』と聞くと、上杉佐一郎氏(部落解放同盟中央委員長、故人)から『福岡の小川に診せろ』と言われたという。上杉氏も小川さんの患者だった」
 この引用の出展は『毎日新聞 北九州版』(2005年6月18日、夕刊)である。
 同様の経緯は鳥巣清典著『美空ひばり 最期の795日』(マガジンハウス、1990年)にも載っている。
『最期の795日』には、佐一郎の異母兄弟にあたる上杉昌也とひばりとの親交が詳しく書かれており、その情熱的で深い心の交流は、まさしく部落解放運動にいう「きょうだい」の関係とたとえてもいいものだった。昌也とひばりが初めて会うのは緊急入院の前年である1986年。きっかけは、一度の面識もない昌也のところにかかってきたひばりからの「会いたい」という電話だった。
 なぜ上杉兄弟に彼女は頼ろうとしたのだろうか。突飛そのものの行動は、スマートで決断の素早い彼女らしさだとも言えるが、ぼくはその裏側に、ちびっ子時代から続く「ひばり蔑視」の暗い蓄積があったのだろうと推測している。デビュー直後からの度重なるバッシングはよく知られるところであり、社会的に高い地位に上りつめたと思える晩年あたりですら、驚くべき差別が彼女の周囲には存在していた。 
 美空ひばりは、つくづく差別の痛みを知っている人たちと会いたかった。話をしてみたかった。そうぼくは思う。親兄弟、親友、後見人などが次々に世を去っていった晩年、彼女は恐ろしく孤独だったんじゃないだろうか。彼女は「きょうだい」を探していた。
 部落解放同盟の中央本部中央執行委員長である組坂繁之と、作家の高山文彦による新著『対論 部落問題』を読みながら、ぼくは美空ひばりのことを考えていた。もちろん組坂の前任にあたる上杉佐一郎の名前も、この本では最初から登場する。日本の芸能、というか、にんげんの社会生活と表裏一体の関係にある差別。これを今現在の視点から、そして被差別部落という立脚点から、わかりやすく説いたのが本書である。
『対論 部落問題』は、関西を中心にして大問題となった同和利権に関する不祥事が制作の発端にあったのだろうと思う。組坂は、解放同盟のトップとしてこの問題に対して謝罪し、これから解放同盟が何をすべきかを語る。1943年、福岡に生まれた組坂の個人史をスタート地点として、『水平記 松本治一郎と部落解放運動の一〇〇年』を書いた58年宮崎県生まれの高山が、互いに激昂することなく、部落差別にまつわる多様なテーマをたんたんと俎上にあげる。部落問題に精通した人には知っていることばかりかもしれないが、この穏やかな読みごごちは、差別っていったい何なの?と思っている「一般の人」にとっては、とてもいい編集であった。「松本治一郎」という存在が本書では大きく扱われているが、これも「一般」の多くの人には初めての名前かも知れない。でも、へぇそんな凄い人がいたんだ…で、まずはいいのだと思う。
 解放運動は理論であり、なにより実践である。こんな逸話も出てくる。
 解放同盟の中央統制委員長を務めた高城雅毅がヤクザ稼業から解放運動へ転進したきっかけである。
(高城が大阪の)「ミナミのクラブを仕切るようになって、そこにある日、変なオヤジが入ってきて、ジーッと自分を見ている。『なんやこいつ、どこの組の親分か知らんけど、締めたろうか』と思っていたら(笑)、こっちにこいと手招きされて、『まあ、一杯飲めや』とウィスキーをガバッと注がれて、乾杯した。そしたらいきなり『おまえ、どこの部落か』と聞かれたんだそうです。もう、ドキッとしたと。それが上杉佐一郎だった」(高山の発言から)
 この出会いによって、彼は(ヤクザ稼業を抜けるために)小指を切り落とし、反差別の運動へと突進していったのだった。
 江戸時代の支配構造が、その後の日本人のメンタリティにどれほどの悪影響を及ぼしたのか、隠れキリシタンの弾圧の逸話も交えながら、対話は各方面にとんでゆく。インドのカースト制度。ユダヤ人のホロコースト。ロマ。仏教。そして日本の芸能、日本の現代社会。
 いまこそ「差別」からわたしたち「にんげん」を考える必要がある、そう訴える「対論」であった。
(藤田正)

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( 2008/10/06 )

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