ジョー・キハーノ(Joe Quijano)にとってのキーワードの一つが「パチャンガ」だろう。パチャンガは1959年というキューバ革命の年に、エドゥアルド・ダビッドソンがヒットさせた新しいリズムで、これがキューバからニューヨークへと伝わり、さらに火がついた。
当時のラテン・ニューヨーク(すなわち映画『ウェストサイド物語』の世界)において、この新しいリズムを広めた中心に、ジョニー・パチェーコ&チャーリー・
パルミェーリによるチャランガ・ドゥボネイ、そして、このキハーノが率いるグループがいたと言われている。つまりキューバ発のリズムではあるものの、ニューヨークにおけるパチャンガは、若い人たちの、それも
プエルトリコ系(キハーノ、
パルミェーリ)やドミニカ系(パチェーコ)らによって動かされていたわけである。
ソニーから初めてCD化されたキハーノの『La Pachanga Se Baila Asi』(62年)は、パチャンガの代表的ヒット・アルバムとして知られている。トランペット2本にフルートという、本来は系統が異なる二つのバンド形式の象徴を一つに合わせ、パチャンガの特色であるハキハキした直線的なビート感覚でたたみかけるこのアルバムは、40年以上も過ぎた今、耳にしても、実に新鮮で気持ちがいい。また迷いがない。
そして、選曲が抜群である。
チャーリー・
パルミェーリがピアノを担当する「アモール」から始まり、タイトル・ソング、「ジャ・ジェゴ・ラ・パチャンガ」「パチュリン」「ファハルドのチャランガ」……と、パチャンガのブームが終わっても、ずっと(ラテンの世界では)どこかで耳にしたことのある曲ばかりだ。
サルサの愛好者には、このアルバムが初期のパキート・グスマンのボーカルが聞けることも魅力の一つだ。彼もまた
プエルトリコ人だが、名作「ヨ・ソイ・エル・ソン・クバーノ(オレはキューバのソン)」では、ちょっと不安定な…しかしそこが実に味わいの…名調子を展開してくれるのだ。すなわち「キューバ風(ソン・クバーノ)」なのだが、中味は
プエルトリコ的…というあの味わい、だ。
しかし解説文(ビリー・ジェイムズ)で、「キューバの息子」と、英語とスペイン語をごっちゃにして訳されているのには、なんだか白けるな〜。
この歌は、一時代を過ぎた「ソン」という古いキューバ音楽のスタイルにも言葉をひっかけて、時代が変わって行く中で忘れ去られてゆくものたちの悲しさ、キューバ革命という大変革や、故郷を離れて貧しき移民となった人たちの心をもイメージさせているのである。
こういう、キューバ人にとって多重的な意味を持つ歌を、パキートやキハーノたちがニューヨークで歌いこなす、というのも、これまた面白い。このアルバムもまた、
サルサ時代が目前に迫っていることを示す名作なのであった。
(藤田正)
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