ティト・ロドリゲス(ラテン)
BMGファンハウス
■Tito Rodriguez
 
 ニューヨーク・ラテンを代表するボーカリスト/バンド・リーダーの一人。特に50年代から60年代にかけては、その容姿と甘いボーカルで抜きん出た人気を誇った。
 1923年1月4日、プエルトリコのサンフアンに生まれる。本名はパブロ・ロドリゲス。父はドミニカ共和国、母はキューバ人だった。
 16歳の時、当時有名だったクァルテート・マジャリーに参加したのがプロ活動の最初のようだ。1935年、兄のジョニーが住むニューヨークへ移り、まずはクァルテート・カネイ、ザビア・クガート楽団などに加わる。ちなみに兄のジョニー・ロドリゲスは、弟のティトよりも先に人気の出たシンガーだった。
 1年の軍役を経て、次にノロ・モラレス(p)の楽団へ。モラレス楽団は当時有数の人気バンドだが、そこでも彼は歌手として認められたわけだ。
 1946年、今度はホセ・クルベーロ(p)の楽団に雇われる。ここで一緒になったのが、若き日のティト・プエンテ(ティンバーレス)で、次代のニューヨーク・ラテンを牽引することになる彼らにとって、このクルベーロ楽団は画期となったのである。奇しくもティト・プエンテはロドリゲスと生年も同じプエルトリコ系だが、その後、彼ら二人のティトは、激しく覇を競いあうことになる。
(同じく46年、彼はチャイナ・ドール・ナイト・クラブに出演していたトビー・ケイという女性と恋に落ち、結ばれる。トビーは、本名を「タケコ・クニマツ」といい日系アメリカ人だった。)

 47年、ティト・ロドリーゲスは伝説的なレコーディングに参加する。SMCレーベルのセッションに集まったのは、チャノ・ポソ、アルセニオ・ロドリゲスマチート楽団のめんめん、そしてミゲリート・バルデスといった、アフロ・キューバンの立役者たちが一堂に会したスーパー・セッションだった。
 48年、彼は自分自身のマンボ・デビルズというバンドを結成。続く翌年、バンドはロス・ロボス・デル・マンボへと発展し、これが彼のオーケストラの出発点となった。
 彼のオーケストラは、60年代の半ばまで維持されるが、この期間(すなわちマンボ・エラ)がティト・ロドリゲスが最も輝いた時代だったと言えるだろう。2005年に発売された2枚のRCA盤『ザ・ベスト・オブ・ティト・ロドリゲス』(写真)と『スリー・ラヴズ・ハヴ・アイ〜チャチャチャ/マンボ/ワワンコー』は、中でも50年代の彼と彼のバンドの素晴らしさを紹介する作品である(前者は、53年、54年の録音/後者は、56年の録音)。
 RCAとTICOでの成功のあと、彼は60年にユナイティッド・アーティスツ(UA)と契約し、さらなる人気を得る。「ブエラ・ラ・パローマ」「クアンド、クアンド」「カラ・デ・パヤーソ」などのヒット、そして63年の「イノビダブレ」の大ヒットが彼をラテン・アメリカにおける不動の人気を確実なものにした。
 
 ティト・ロドリゲスは、バンド・リーダーとしても卓越な手腕を見せた人物だった。たとえばベーシストの中のベーシスト、カチャーオ・ロペスのソロをフィーチャーした名演「デスカルガ・カチャーオ」(64年)をアルバムの筆頭に置くなど、こういう部分にも、最高のダンス・バンドとしての誇りを見せつけた。

 しかしその後、彼はオーケストラを解散させてしまう。もろもろの契約の不備や仲間の裏切りによって、バンドの維持ができなくなったためらしい。
 66年、そのために彼は故郷であるプエルトリコに居を移し、自分の名前を付けたテレビ番組で人気を得たが、大都会からやってきた有名人は田舎では反感も強かったようだ。彼は家族を連れてマイアミに引っ越す。
 69年、彼はTRレコードの設立を決める。それは、体に重い変調をきたしていたからで(彼はひた隠しにしていたが)、そして病気が白血病と分かって後の71年に、彼はレーベル・オウナーというシンガーとは別の、もう一つの顔をもつことになった。
 しかし…。1973年2月28日、彼は返らぬ人に。彼が華々しい活躍をしたニューヨークではすでに、サルサという新世代のラテン・ミュージックの時代へと突入していた。
 

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( 2005/10/03 )

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