発売と同時にアメリカで大ヒット・アルバムとなったのが『
ゴッド・ブレス・アメリカ』(ソニー)である。
米・同時多発テロをきっかけとして作られたこのチャリティ・アルバムには、準国歌的な扱いを受けるタイトル・ソングだけでなく、
ボブ・ディラン「風に吹かれて」、ピート・シーガーが歌う「我が祖国」など単に「愛国」「国威高揚」作品とは言えない曲目が並んでいる。
タイトル・ソングとなった「
ゴッド・ブレス・アメリカ」(
セリーヌ・ディオン)は、今回の有事で国歌以上に歌われていると言われ、元々は1930年代に広まった歌だった。
アメリカを代表するソングライターの1人、アービング・バーリンの有名な作品である。
デイビッド・フォスターのプロデュースによる「ゴッド…」は、オープニングに米国国歌が短く演奏され、続いてディオンがしずしずと歌い出す。
きっぱりとした口調、清廉な歌い口、深いエコーの中から浮き出す重厚なオーケストレイション……ブロードウェイほか、20世紀のアメリカン・ポップの王道のような編曲である。
私が愛するアメリカ。といっても、ここで言う「アメリカ」とは、ガルシア・マルケス(コロンビア出身のノーベル賞作家)が指摘するように、U.S.A.という地域限定なのだが……その土地(国)に祝福あれと盛り上げるのが「
ゴッド・ブレス・アメリカ」である。
しかし、同時にこの歌は、米国が超大国としての「絶大な自信」と「優越」を抱く少し前に作られたからか、その表情に「祈り」と「謙遜」を見ることができるのが救いである。まるで好戦的な国歌(14曲目に収録)や愛国や自由への「闘い」をテーマとした「アメリカ・ザ・ビューティフル」(
フランク・シナトラ)よりも、「ゴッド…」がアメリカ国民に好まれているというのも、世界貿易センタービル群の崩壊から炭疽(たんそ)菌騒動の拡大に至る有事の中で「神の思し召し」を考えざるを得ない米国民の心のあり方の一端を示しているといえるはずだ。
もちろん、徹底して「自由の国・アメリカ」を、命を落とした兄弟姉妹をたたえる歌も人気を呼んでおり、このアルバムの中にも収録されている。
その代表的1曲がリー・グリーンウッドの「ゴッド・ブレス・ザ・USA」である。この歌は湾岸戦争時にもヒットし、今回の有事でもラジオ局にリクエストの絶えないというカントリー・ソングである。
「ゴッド・ブレス・ザ・USA」と対極にあるとも言える「風に吹かれて」(
ボブ・ディラン)も、アルバムに収録されている。
いつになったら武器が永遠に禁止されるのか?と問いかける、60年代フォークの金字塔「風に吹かれて」。こういった歌は、今後おそらく泥沼化し、憎悪がさらに拡大するであろうアフガニスタンでの地上戦の中でこそ、その価値を忘れてはならないはずである。
それはピート・シーガーがうたう「我が祖国」にも当てはまるだろう。
「我が祖国」は、アメリカン・フォークの出発点とも言えるウッディ・ガスリーの代表曲。そしてガスリーがこの歌を作るきっかけとなったのは「ゴッド・ブレス・ザ・アメリカ」だった。
最底辺の人々や差別される人々と共に生きたガスリーにとって、美しく着飾ったような「ゴッド・ブレス・ザ・アメリカ」は、支配者の歌にしか聞えなかった。これに対抗し、万民のための解放歌として作ったのが「我が祖国」なのである。
「この土地はあなたのもの、みんなのもの」という簡明なテーマの中に、虐げられてきた人々、見えざる者たちの万感の思いが込められている。「我が祖国」の出発点とは、米国という国家の成り立ちを根本から問う歌だったとも言えるはずだ。
『
ゴッド・ブレス・アメリカ』は、好戦的な愛国歌から、助け合う心をテーマとした「リーン・オン・ミー」(ビル・ウィザーズ)、そして解放・反戦の歌まで、国家と人心(歌)という点で、なかなかに考えさせる内容を持ったアルバムである。
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