スプリングスティーンの新作『ザ・ライジング』
Sony SICP203
 E・ストリート・バンドを従えたアルバムとしては『ボーン・イン・ザ・USA』以来、18年ぶりのブルース・スプリングスティーンの新作が発売される(2002年7月31日)。
 昨年の「米・同時多発テロ」の影響が色濃く滲むこのアルバムには、故ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの弟子であるパキスタンのアシフ・アリ・ハーンが客演するという珍しい歌も収録されている。
 以下は、全15曲の解説(プレス・シートから)

1. Lonesome Day
 アルバムのオープニングを飾るにふさわしいストレートなロック・ナンバー。イントロのキーボードのリフレインにギターが絡み合い、パワフルなE・ストリート・バンドならではのサウンドを聞かせてくれる。ストリングスが効果的に導入されていることも特徴的。愛する人に去られた失恋の悲しみから元気を取り戻そうとする歌と解釈してもいい。
 でも、戦乱の20世紀が過ぎ、前世紀よりは良い世界がまっているではという淡い期待を打ち砕かれ、荒涼とした悲しい思いにとらわれた“あの日”は、まさに「寂しい日」であった。だからこそ、「なんろかここを抜け出そう」「イッツ・オールライト、大丈夫」だと歌う、この曲は僕らの心を強く打つ。ブルースの歌はあくまでも力強く、希望に満ち溢れている。

2. Into The Fire
 歌詞の内容がかなり直接的に9.11を思い起こさせるもので、救助活動に命を犠牲にした消防士に向けて歌われている。ミッド・テンポの重厚なサウンドに載せてブルースは静かに、かつ力強く歌い上げる。サビの印象的なリフレインは「我が祖国」のようなイメージを受ける。この曲でもクレジットされて、他多くの曲で活躍しているスージー・ティレルはかつてはパティ・スキャルファと共にサウスサイド・ジョニー&アズベリー・ジュークスのコーラス隊にいた女性で、過去のブルースのアルバムにもコーラスで参加してきた。そして『トム・ジョード』ツアーの頃から、時折ヴァイオリン奏者としても舞台に立つようになっている。このアルバムで重要な役割を果たしている。

3. Waitin' On A Sunny Day
 マックスのドラムでスタート。そしてブルースの“1,2,3,4”の掛け声から始まる明るく軽快なロック・ナンバー。掛け合いのコーラスもいかにも楽しそうで、途中のバックでずっと流れるE・ストリート・バンドおなじみの地を這うような“Oh--”というバック・コーラスから転調してクラレンスのパワフルなサックスへと入る様は涙もの。
Sony M.E.
4. Nothing Man
 たぶん救助活動から生還し、「英雄」と呼ばれるようになり、とまどう消防士(または警官)なのだろう。ミッドテンポでまずは語りかけるようなブルースのボーカル。「I'm On Fire」「My Home Town」や「Secret Garden」などの流れる汲むようなシンプルで美しいバラード曲。

5. Countin' On A Miracle
 パワフルなブルースのシャウトが炸裂。闇を切り裂くようなギター・サウンドはステージ場で仁王立ちで堂々として、バンドを仕切っているブルースの姿が思い浮かぶよう。ナッシュビルで録音したストリングスが入っている。

6. Empty Sky
 ピアノの切ないイントロはアルバム『闇に吠える街』の頃を思い起こさせる。これも9.11を思い起こさせる楽曲。途中のブルースのハーモニカも効いている。
7. Wolrds Apart
 多くのファンを驚かせる曲だろう。ブルースが非欧米の音楽の要素を正面きって取り入れるのは初めてのことだ。
 この曲に参加しているアシフ・アリ・ハーンは、パキスタンの宗教音楽、カッワーリーの代表的歌手。圧倒的な歌唱力で世界中に熱烈なファンを獲得した故ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの弟子にあたる。テロ事件と報復攻撃が西洋対イスラム社会の全面的な対立に広がる危険性が懸念されている時期だからこそ、イスラムの歌手と共演して、歌詞にもあるように民族や宗教の違いを超えた融和を訴えているわけだ。これはまさに今までのブルースの曲にはないタイプのサウンドでもありイントロのリズム、SE的サウンドなど、ブルースの新たな挑戦的楽曲。LA LA LA...というフレーズが印象的。

8. Let's Be Friends
「肌と肌を向かい合わせて」という副題が付いた<レッツ・ビー・フレンズ>。明解な題名にある通り、人種や国籍、宗教、信条を超えて友人になろうという、やはり人々の融和を呼びかけた曲である。ブルースにしてはずいぶん軽い曲調だが、このアルバムは少しヘビィな曲があると、必ず次は軽快な曲を配してあることに気づく。R&B/Soulテイスト溢れる、明るいミッドテンポのナンバー。愛妻パティとの掛け合いのコーラスが印象的なかわいい楽曲。
9. Further On Up The Road
 2000年のE・ストリート・バンドとの復活ツアーの際にお披露目となった新曲。このツアーでは他に「Land Of Hope And Dreams」「American Skin」「Code Of Silence」「Another Thin Line」などいくつか新曲も演奏されたが、ニュー・アルバムに収録されたのはこの1曲のみ。パワフルなマックスのドラムでスタートし、マイナ・コードでぐいぐい引っ張っていく“ブルースならでは”の曲。ハーモニカ・ソロも“ならでは”!

10. The Fuse
 この曲も一聴してかなり驚く楽曲と思われる。ちょっとサイケデリックがかった印象の曲で、これも新たな挑戦的タイプの楽曲であろう。

11. Mary's Place
 いかにもブルース&E・ストリート・バンドの典型的なロック・ナンバー。この曲を聴いた人には「Rosalita」や「Thundercrack」を彷彿させると言っていた人もいたが、70年代的な、いわゆるE・ストリート・バンド・サウンドを彷彿させる楽曲であることは間違いない。ブルースの若々しく瑞々しいボーカルが最高。
12. You're Missing
 愛する人を亡くした遺族の喪失感を歌っている。歌い方やコード進行は「Backstreets」を彷彿させるような(シャウト部分はないけど)淡々としかし力強いボーカルを聞かせる。ダニーのオルガンのフレーズが郷愁を誘う、タイトルからしても9.11についての曲と思われる。

13. The Rising
 アルバム・タイトル・トラックにもなっている、このアルバムを象徴する楽曲。ファースト・シングルとなるこの曲は「Into The Fire」でも歌われている消防士が主人公のようだ。イメージ的には静かな語りかける系の曲と想像していたが、全くの力強いバンド・サウンドに仕上がっている。“Sha La La...”というコーラスもうれしい限り。
 ストーンズの「Tumbling Dice」のような粘っこく土臭いロック・ナンバーである。

14. Paradise
「The River」や「The Gohst Of Tom Joad」などに通じるストーリーテラー・ブルースとしての真骨頂的マイナー調の憂いのあるバラード。ちょっとしたメロディはS&Gの「サウンド・オブ・サイレンス」にも通じる。荒涼感というかちょっと冷たい感じのするサウンド。「ストリーツ・オブ・フィラデルフィア」のあのキーボードワークとでもいうか。
 これは物議をかもし出しそうな楽曲といえる。最初のバースの「プラスティックとワイア」が爆弾と電線を意味するのならば、自爆テロに身を投ずる人を歌っているのかもしれないが、ちょっと解釈がむずかしい抽象的な表現の曲だ。いわゆる敵の視点でさえも描いてしまうブルースのストーリーテリングの凄さとでもいうべきか?
15. My City Of Ruins
 9月11日のテロ事件の直後に行なわれた“America:A Tribute To Heroes”で冒頭にこの曲をアコースティック・ギター1本で切々と歌い上げたのを見て、印象深く残っている人も多いはず。その時点でほとんどの人が聴いたことのなかったのがこの新曲だった。
 ああいった特別な番組の幕開けににふさわしいアーティストは、やはりブルースしかいないと多くの人々が感じたのだろうではないだろうか。それは単に彼が米国ロック界の大スターだからではなく、社会の過酷な現実に目を向けた作品を常に歌い続けてきた誠実なアーティストと認められているからだ。
 この「荒廃した僕の街」と題された曲にしても、多くの視聴者がその日のための書き下ろしだと思ったようだが、これは元々彼の地元、アズベリー・パークの寂れた光景を描き、街の復活を願って書かれた曲で、その機会のために歌詞を一部変更して歌ったのだ。E・ストリート・バンドのメンバーを含むコーラス隊と一緒に歌う「さあ、立ち上がろう」という繰り返しは、喪に服しながらも、お互いの傷を癒し、悲しみからの回復を励ます番組の基調を定めていた。
 このアルバムに収められたバージョンは、新たにレコーディングし直された完璧なE・ストリート・バンド・サウンドとなっている。
(おわり)
関連サイト:

( 2002/07/15 )

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