イスラムの音楽を聞く(2)/アフガンの消えた歌声
コロムビアOP7258〜62
 アフガニスタンはこの国を実質的に支配するタリバン政権によって、歌やスポーツが厳しく禁止されている。また女性の「生」も、惨めなほどに制限されていることが知られている。
 しかしアフガニスタンは、昔からこのような国だったわけではない。
 シルクロードの要所として、長い歴史の中で多様な人々を受け入れ、東西の文化の交わりを体験してきたのがアフガニスタンであり、そこにはたくさんの恋歌もあった。
 しかし今や、タリバンによる政策だけでなく、近づく戦争によって、歌はさらに帰る場所を失った。
(写真はLP『アフガニスタン民族音楽大系』から。かつてはこのような光景が見ることができた)
 
■いつかその内、兵隊さんになって
 アフガニスタンには子どもの歌が少ないという研究報告がある。
 数少ないアフガンの子守唄の一つに、次のようなものがある。
OP7258〜62
「愛しいわが子よ、静かな夕べ、聞こえて来るのは水音ばかり。
 いつかその内、兵隊さんになって、あなたのママから離れて行くの。
 今はお眠り、お眠りなさいね、花のようなわたしの坊や」
 アフガニスタンが、これまで人や文化の平和的な交流を持つと同時に、戦乱や侵略とも切り離せない場所であることを伝える歌である。       
 雨が極めて少なく、乾燥した高地砂漠の国、アフガニスタンは、別名「文明の十字路」と呼ばれてきた。
 古くはアレキサンダー大王の支配を受け、また仏教、ゾロアスター教、ギリシャという異なる三つの系列の文化も花咲いた。7世紀のこと、現在はタリバンによって破壊された巨大仏像があったバーミヤンには、僧侶だけでも数千人が暮らしていると三蔵法師が記している(「大唐西域記」)。    
 イスラム教がこの地域に流入したのは8世紀で、11世紀には地域全域が教化されるにいたった。
 18世紀、パシュトゥン族系のホキタイ王朝が成立。これが近代アフガニスタンの出発点とされる。
OP7258〜62
 19世紀半ば、イギリスの侵略(第1次アフガン戦争)。
 同じく19世紀後半に起った第2次アフガン戦争にも破れ、アフガニスタンはイギリスの「保護国」となる。
 1919年、第3次アフガン戦争によって、独立をはたす。
 しかし戦乱はおさまることはなく、73年にはアフガニスタンが旧ソ連寄りとなるクーデターが起こり、79年には旧ソ連によるアフガン侵略戦争が起き、そして、イスラム原理主義を貫くタリバン勢力がこれに決着をつけたのが90年代に入ってからだった。
 タリバンが旧政権を転覆させたのは96年のことだった。  
 冒頭に紹介した子守唄が『民族大系』の研究者によって録音されたのは、73年のクーデターが勃発したちょうどその時だったようだが、まさしくアフガンの庶民の苦悩が、歌の中にドキュメントされることになった。
OP7258〜62
■厳しい戒律のそばにある愛の歌、恋の歌
 タリバンが勢力を持つ以前からアフガニスタンは、厳格なイスラムの国だった。
 イスラムにあって宗教的な儀式に音楽は、例外的な宗派を除き、禁止されている。
 イスラム圏の象徴である町や村のモスクから聞こえる「アザーン」も、我々には音楽のように聞こえるが、信徒にとっては「アッラーの使徒であることの誓い」を唱える儀式なのである。
 そういう意味で、本連載で紹介した、アフガニスタンの隣国であるパキスタン出身のヌスラット・ファテ・アリ・ハーンは、宗教的な崇高な体験、神への服従(その悦び)を、歌とリズムで表現した代表的人物であり、その姿は「宗教的表現の世俗化(芸能化)」という点でも、注目すべき存在だった。
 こういった厳しく戒律を守るイスラムの社会にも、もちろん愛の歌、恋の歌がある。
 アフガニスタンにも、ほんの少し前まで、研究者が驚くほどにたくさんのラブ・ソングが生活の中に生きていた。
 それは、次のような、多くははっきりとした題名もない歌である。

「マジュヌーンの愛は純潔の愛、なぜならば、
 ライラを愛するまで、他の誰も愛したことはないのだから。
 恋に正気を失えば、砂漠も家も、彼にとっては同じもの」
(アフガニスタンでは有名なマジュヌーンとライラの恋物語を歌う)

「巻毛があなたの白い顔の上に波打っている。
 わたしはそれが、わたしに仕掛けられた罠だということを、
 知っていますよ、そうでしょう」

「恋の成就はタロガン峠を越すよりもむずかしい、
 大地は恋人達の若い血に飢えているのだ。
 わたしは神に、このことを尋ねてみたい。
 誰も死ななければならない、だから、老いて死ぬなら、それはいい。
『だが、どうして若くして死なねばならぬのか』と」
 たっぷりとコブシを効かせたそのボーカルからは、時にむせび泣くように、時に艶(なま)めかしい情感が浮かび上がるのである。
 
「一体何時(いつ)まで、あなたへの愛のために、
 わたしは沈んでいなければならないのか。
 丁度あなたの黒髪の『その黒色が象徴する』ような悲しみを抱いて」

 貧しく、過酷な自然と共にあるアフガニスタンの人々にとって、厳しく自己を律することを求めるイスラムの教えと、それとは正反対の甘くとろけるような「世俗歌」とは、生きるためのバランスであったのだろう。
 そのバランスが、今や激変してしまった。
 なぜ、アフガニスタンの大衆は苦しまなくてはならないのか。
 それは歌を「殺した」タリバンだけの問題なのだろうか。
 それは戦争では決して解決はしない問題である。
OP7258〜62
*この記事をまとめるに際して:
 アルバム『アフガニスタン民族音楽大系』(写真)は、本稿をまとめるための貴重かつ重要な資料となりました。
 この5枚組LPは、藤井知昭氏を中心とした研究グループがアフガニスタンを訪れ現地録音したもので、1975年に発表され、同年度芸術祭優秀賞にも選ばれた作品です。
 監修をつとめた藤井氏は、アフガニスタン音楽の魅力を次のように語っています。
「重なりあった山間(あ)いにへばりつくような部落でも、どぶ池一つのオアシスでも、驚くほど豊かな、生命感に溢れるとりどりの音楽が息づいていた。
 現代文明からとり残された人々の中に、人間ともっとも深く、素直に結びついた音楽に接した感動は、忘れさることができない」(アルバムの「序にかえて」から)
 訳詞(鈴木道子氏)も同アルバムから引用。
 協力:日本コロムビア・レコード。
(おわり)

( 2001/09/30 )

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