4年ぶり、かつレーベル移籍第1作となった『トランピン』は、ブッシュ政権下のアメリカの世界的な横暴ぶりを基底に置いたもの。中でも、イラクおよびアラブ社会を凌辱するアメリカに怒りをぶつけた「ラジオ・バグダッド」が聞き物だ。
『トランピン』は、彼女にとって通算9作目となるアルバムだ。前作はベスト盤を除けば2000年の『Gung Ho』。バックは、レニー・ケイやジェイ・ディ・ドーハティらいつもの仲間たち5人である。
このアルバムを作る契機となったのは、
同時多発テロだったようだ。
「9・11」は、彼女の自宅が世界貿易センター・ビルからさほど遠くない場所にあったという生活者としての衝撃だけではなく、表現者パティ・スミスにとっても大きな影響を及ぼした。そして驚くべきところは、彼女が事件直後から次のように考えていたことである。
「(飛行機が自宅の頭上を通過し、センター・ビルに突っ込んだ直後の)20分もしないうちに、私たちがしようとしている報復戦争について気になり始めた。
これはアフガニスタンの人たちにどんな影響を及ぼすのだろうか。それに対して私たちはどう対処すればよいのだろうか」(小野島大による解説から。発言自体の初出は『インディペンデンス』紙のインタビューから)
パティ・スミスの直感は、的中してしまう。
そして事件が発生するまで引退を考えていた彼女だったが、ブッシュ政権のやり方に我慢がならず音楽活動を続行することに決めたのだという。
アルバム『トランピン』には、そういったパティの思いが敷き詰められている。非暴力の人、マハトマ・ガンディをテーマとした「ガンディ」ほか、収録された前11曲の中には、
破壊と破滅を繰り替えす人間社会への警鐘が、自分もその中の一部をなしているという苦渋を伴ないんがら歌い込まれている。
メソポタミア文明の地をアメリカの侵略者たちは踏みにじっていると激唱する「ラジオ・バグダッド」はその代表的1作であり、単なるブッシュ政権批判のレベルを超えて、自国アメリカが歴史上取り返しのつかない方向へ歩を進めてしまったという怒りと無念が、全面を被っている。
2004年の地球の(ゆがんだ)自転を、痛みを伴ないながら伝えるアルバム、それが『トランピン』である。
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