ニューオーリンズの少年
1156
<1998年4月>
 この原稿は東京から(大阪の解放出版社へ)送ることが基本なのだが、今回はアメリカのニューオーリンズからである。
 ニューオーリンズは、ジャズを生み育んできたマチとされる場所である。今ぼくはこのニューオーリンズで、子どもたちがどのような生活を送っているのか、音楽に焦点を当てながら取材している。
 かつてのニューオーリンズは港湾都市として繁栄をみた。だが現在は、観光によって成り立っているといっていいだろう。ニューオーリンズは週末になるつれ、世界各国から訪れた人々がマチにあふれ、ジャズに接し、一般的なアメリカとはだいぶ異なった街並みを歩きながら独特なエキゾチシズムを感じて去ってゆく。この異国情緒はフランスの植民地だった時代の影響が大きい。
 ニューオーリンズの子どもたちは、小さいころから市の中心街に出て、路上や、あちこちで頻繁に行われるフェスティバルでお金を稼いでいる。彼らのほとんどは貧しい地区に住む黒人である。
 ぼくはこういった子どもたちの生活ぶりを知りたくて、ここにやってきた。ぼくが今、宿泊しているアパートも「トレメ地区」と呼ばれる黒人街にある。
 日本ではほとんど知られていないが、トレメ地区はアメリカでも有数の音楽都市ニューオーリンズの、そのまた中心地のような場所だ。観光のためにやってくる人はあまりいないが、故ルイ・アームストロングを筆頭として数多くの巨人が結集した地区、それがトレメである。
 トレメはニューオーリンズ音楽の中心であると同時に、アメリカの貧困地区の典型として、麻薬や銃にまつわる犯罪が絶えない場所でもある。職に就けない大人たちは日中から何をするわけでもなくアパートの前にたたずみ、学校へ行かず(行けず)に遊んでいる子どもたちもあちこちで見かけることができる。観光都市の華やかさとは対照的な、アメリカ社会の矛盾、その一つがトレメであるといっていいはずだ。
 しかしトレメ地区の子どもたちは実にたくましい。彼らの多くは楽器を片手に、毎日のように生活費を得るために家を出る。そして「音楽はすべての支えであり、誇るべき大きな文化だ」と、はっきりと断言するのである。声は子どもだが、彼らの心構えは、何のために音楽を志しているのかを、しっかり心に刻んだ自立した「大人」だった。
 トロイ・アンドリュースという少年もその一人だ。彼は「トロンボーン・ショーティと彼のブラスバンド」というバンドのリーダーで、さまざまなフェスティバルにも引っ張りだこの十二歳である。他のメンバーも同じように十代。彼らは、これが子どもか? と思うほどにパワフルな演奏を聴かせる。彼らの演奏に接していると、たとえ貧しくとも、先達の遺産を受け継ぐのはぼくらだという自信が、はっきりと聴こえてくる。ぼくは彼らと出会い、この六月からスタートするCDブック・シリーズ「歌と世界の子どもたち」(イエス・ビジョンズ)の仲間に加わってもらうことにした。
 この詳細は後日また報告しようと思うが、ここではトロイ君(トロンボーン・ショーティ)の才能を育んだ家族や地域の仲間たちのレコーディングを紹介することにする。
 一枚目は、ニューバース・ブラスバンドの『D-Boy』(NYNO 9604)。ニューバースは、ニューオーリンズでも指折りのバンドだが、このアルバムは三年前に射殺されたトロイ君の兄に捧げられた、力強い作品である。
 もう一枚は、トロイ君をずっと指導し続けるもう一人の兄、ジェイムズ・アンドリュースの初めてのソロ『Satchmo Of The Ghetto』(NYNO 9609)。ニューオーリンズの大物たちがバックアップした佳作だ。どちらも、トレメ地区の若者たちのプライドを、はっきりと聴くことができる。
*ショーティのアメリカでのデビュー盤は、『Troy Andrews/Trombone Shorty』(写真、Louisiana Red Hot1156、2002年)

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