淡谷のり子が若かった頃は…
ビクター
<1999年9月>
 この九月に「ブルースの女王」といわれた淡谷のり子さんが亡くなった(1907〜1999)。淡谷さんは、舞台を別にすれば、テレビでは芸能界のご意見番として後輩を叱る「小言おばあさん」として知られてきた。しかしそのずっと前は、セクシーな歌手として名を馳せた女性だった。
 淡谷さんの「ブルース」とは、その本家であるアメリカ黒人音楽でいうところの形式・表現ではく、物憂いムードたっぷりの歌を指す。かつて大学でブルース専門誌を作っていたぼくとしては、淡谷さんが「ブルースの女王」と言われるたびに激憤していたことがあった。しかしもう少し大人になって、彼女が生きた時代の歌手たちが見えてくると、むしろ第二次大戦を挟み活躍した人たちの、音楽に対する柔軟性・意気込みが分かって自分の不明を恥じたことがある。
 北中正和著『にほんのうた―戦後歌謡曲史』(新潮文庫)には、その当時のことが、
「それにしても、ブルースブギウギタンゴルンバワルツ、ボレロ(ボレーロ)、ハワイアン、お座敷調……と、日本はいったい地球上のどこにあるのか、わからなくなる」ほどに多用な形式が日本の歌謡界に存在したとある。
 私たちの先輩は様々な要素をブレンドし独自の「日本歌謡」を作り上げた。あの、こってとした「演歌」もその例外ではない。
 淡谷さんが若かった頃は、今のように情報がふんだんではなく、ジャズやラテンなどの魅力的な音楽がいかなるものであるかが明確ではなかった。だからこそ、日本の音楽家たちの取り組み方は熱心だったし、熱心であるがゆえに(時に勘違いも生まれ)、日本ならではの独自性が生まれていったのだと思う。
 当時のこのような「日本の洋楽」に焦点を当てた復刻シリーズを企画しているのがビクターである。『FUJIYAMA TANGO/坂本政一とオルケスタ・ティピカ・ポルテニア』もその一枚で、日本の民謡や俗謡を本格的なタンゴで演奏したものである。
 かつてのぼくのような狭量なロック少年であれば、小馬鹿にしていたような試みだが、今になって聞けば、その斬新、そのモダンな感覚は、見事である。
 時代は一九七七年と二十年前だが、日本におけるキューバ系ラテン音楽を切り開いた見砂直照と彼の東京キューバン・ボーイズによる『メロディ・オブ・ジャパン』も同様の企画作品で、「おてもやん」やら「炭坑節」などをラテン風、米黒人音楽風と「好き勝手に」遊んでいる。遊んでいながら、ちょっとした格式が漂うのが、歴史は自分たちが造ったという見砂たちのプライドなのであろう。
 もう時代が変わってしまったが、こういう先人の試みを聞く時、あるジャンルの専門家であるという以上に、フトコロの深さ、何でも自分のものにする頭の柔らかさを感じるのである。
 宝とも子というラテン・シンガーの復刻CDも興味深かった。この人、日本ラテン音楽協会の代表を努めたこともある方だそうだが、一九五四年に録音した「セ・シ・ボン」が色気があり過ぎて、発売を控えさせらたのだそうだ。その「代表曲」が入った同名のアルバムを今回初めて聞いたが、確かに「セ・シ・ボン」はエロティックではあるが、やはり見砂と同じような格調がある。自堕落なムードはない。彼女のような人たちが戦後の日本歌謡の一翼を担ったのだという感慨を得ることのできる作品である。「プライド」とは現在の日本ポップの専門のようになっているが、その深みにおいては、今ここに紹介した人たちのほうに軍配が揚がる。淡谷さんは、そんな中のトップ・スターの一人だった。
 なお淡谷さんの作品を含んだ『リズムの変遷〜日本ラテン傑作選 1931−1957』は、十一月に発売される。
(2000年3月に、淡谷のり子の往年のシャンソン録音などを集大成した3枚組『私の好きな歌』が発売された)
 
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Beats21推薦CD(3)『宝とも子/セ・シ・ボン〜ラテンの歌姫,至上のアンソロジー』
 

( 2003/07/10 )

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