<1998年12月>
演歌にまつわるお話を二つ。
藤圭子と天童よしみである。
中年以上の方はご存知と思うが、
藤圭子は一九七〇年の「圭子の夢は夜ひらく」ほかの大ヒットで、演歌(当時、彼女に対しては「怨歌」という字が当てられていた)の新星となった女性である。独特のハスキー・ボイスで、うつむき加減の、白いギターを抱えた「暗い過去」を持つ少女。
藤圭子は、あの学生運動の時代、「シラケ」が流行語となった時代を象徴するシンガーとして大いに持てはやされた。
ブームが去ったのち、しばらくして
藤圭子はニューヨークへ旅立つ。たしか、それまでの芸能生活を清算するためだったと思うが、彼の地で「キュービックU」というロック・バンドを現在の夫(前川清ではない)と結成した。
このニュースは、ぼくには「彼女も自分のイメージに苦しんでいたんだな」という程度のものだったが、昨年暮れ、そのバンドで歌っていたチビッ子が
宇多田ヒカルであり、そしてこのヒカルという子が
藤圭子の娘だと知った時、本当にビックリしてしまった。
宇多田ヒカルは、昨年「AUTOMATIC(オートマティック)」で国内デビューした歌手である。彼女は、
UAや、
Misiaといった人たちに続いて登場した黒人音楽に影響を受けた同系統の実力派で、今年十六歳になったばかりだ。近いうちにかなりの人気を獲得するだろうと言われており、ぼくも大いに期待している。
宇多田と
藤圭子の関係については、すでに「血のなせるわざ」といった下らない言葉が使われ始めている。だが、血がそうさせるのであれば、世に知られる有名な役者・歌手の二代目、三代目は押し並べて優れていなくてはならない。突出したものをつかむのは、自分の心の問題である。宇多田は、母親から吸収したものもあるのだろうが、自分の歌に関して独自のセンスをすでに作り上げているのが見事だ。そしてそれは、子ども時代にアメリカでデビューし、実力だけで日本へ乗り込んだという姿勢だけでも分かるのである。
宇多田ヒカル。九九年度における、期待度ナンバー・ワン。そこには母親の陰はない。
二人目は天童よしみである。
昨年(2001年)、ドえらくブレイクしてしまった彼女だが、ぼくは昔から好きでまだ少女だった頃、故郷の八尾(出生は和歌山)に
河内音頭をうたう姿を見に行ったこともある。
だが、「珍島物語」に端を発して魔除けグッズがヒットするまでは、一時、現場から退いた時期もあったし、復帰した後も演歌の世界だけの上手な歌手だった。かつて天才少女として上沼恵美子(現・タレント)と対抗しながら関西のコンクール荒らしをやっていた天童も、この状態で終わってしまうのかと思っていた所に、今の大きな波がやってきたのである。
現在の演歌は、自分の開拓したネットワークを活かしつつ、着実に有線〜カラオケ・ヒットを狙うのが基本となっている。さらに広範囲を狙うとなると、残されるのは女性の場合は美人系、あるいはキャラクターを持つ人たちとなる。紅白歌合戦であれほどまでに演歌系のシンガーの一部が衣装の豪華さを競うのも、それぐらいでもしないと自分を覚えてもらえないからだ。それほど現在の演歌のという歌の中身は予定調和で終わっている。自分で自分のイメージを食っている。敢えて言えば、演歌はつまらないと作る側が心の中で分っているから、ああいう「
見栄」となる。
思わぬ所でキャラクターが付いた天童よしみは、今こそが期待の時のはずである。あの生で聞くストロングなボーカルは未だCDでは充分に発揮されていない。ぜひ、演歌のイメージを超えた演歌を、歌ってほしいと思う。
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