アップリンクが設立20周年を記念して、世界の音楽ドキュメンタリー作品を集めた「ミュージック・ドク・フェス」を開催する(2006年1月27日〜)。
ミックス・テープにまつわるコピー問題、違法性をテーマにした『MIXTAPE』(2005年)、ニューヨークのパンク〜アンダーグラウンドの流れを追った『KILL YOUR IDOLS』(2006年)、アラブ最高の歌姫であるファイルーズをテーマとした『愛しきベイルート』(2003年、写真)ほか、実に多様な作品が並んでいる。
Beats21は、この映画祭の中で1本お好きな作品をご覧いただけるチケットを10枚プレゼントする。
*UPLINK 20th anniversary event「MUSIC DOC.FES.」
2007年1月27日から 渋谷の「UPLINK X / UPLINK FACTORY」で公開
*チケットご希望の方は、以下のフォームへ、住所、お名前、年齢を明記の上、申し込んでください。締め切りは1月22日(月)。
発表は、チケットの発送をもって替えさせていただきます。
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Beats21推薦作品『愛しきベイルート/アラブの歌姫』
「ミュージック・ドク・フェス」のラインナップを見て、ちょっと驚いてしまった。
トラジェディを追った『ドラジェディ』(2005年)や『MIXTAPE』(同年)といったヒップホップ系や、レゲエの『ラスタファリアンズ』(同年)、ジャズの『サン・ラー』(1980年)があって…と、このあたりはぼくのお好みだが、タンゴの『12タンゴ』(同年)からアバンギャルド・ピアノ(どういうピアノだ?)のマーガレット・タンを追いかけた『アート・オブ・トイピアノ』(2004年)、そして現代音楽の大物『ジョン・ケージ』(1992年)もある。
よく集めたなーという印象なのだが、中でもプレスシートの筆頭にあった『愛しきベイルート』(2003年)が、ぼくには特に目を惹いたのだ。アラブの音楽、あるいは文化を少しでもかじったことのある人なら、必ずや知っているはずのその名前、ファイルーズ(あるいはフェイルーズ)を「追った」作品である。
ファイルーズ。キューバ音楽の
セリア・クルース、ジャパン音楽の
美空ひばりのような、スーパー・ヒストリカルな女性シンガーですね、彼女は。その人が生まれ故郷であるレバノンでどれほど愛されているかを、町で苦労して働いている運転手さんや、ええところの奥様(?)、
パレスチナ人などにインタビューしまくっている映画が『愛しきベイルート』なのです。だから彼女を実際に「追った」フィルムなのかどうかと言われると、ちょっと困る。でもやっぱりこれは彼女を「追っている」作品だと思うな、ぼくは。なにしろ、宗教的な深刻な対立があり(彼女はマロン派キリスト教徒)、イスラエルほかの隣国を巻き込んでの内戦〜テロもあって、あの(行ったことはないんだけど)美しいレバノンは何度もズタズタになってきたわけだけど、その無数の嘆きの涙を、やさしく拭き取る天女のような存在がファイルーズなのだ…ということを伝えんがためにこの映画は作られたように思う。つまり天女や、神さん仏さんってのは、人の「うむい」(沖縄語)の結晶体だから、その「うむい」がどんなものであるのかを、『愛しきベイルート』は幾つものインタビューに彼女の歌(カセットやレコード)を重ねて、絞り出す。ベイルートの人たちの言葉や人生物語にほとんどすべての時間を費やしたのは、こういう狙いがあったのだろう。
ただ、この映画が悲しいのは、そして「歌」というものにとって深いテーマを投げかけてくるのは、かつては銃口を向けあい、敵対したであろう人たちが、同じように彼女を愛してやまないことだ。「私はファイルーズの歌が好きだ」という一言の向こうに、レバノンという土地、ひいてはアラブの、もしかしたらすべてが浮き上がっているのかもしれない。そんな重い映画でもある。そして、ご存知のように、この映画の制作が終わった2006年7月、イスラエル軍がレバノン南部を空爆し、かつての虐殺の地、カナは再び嘆きの町と化した。
映画には、つかの間の平穏…ビルには無数の銃弾の跡が見えるけど…を生きながら、レバノンを、ファイルーズを語る人々が映っている。そんなレバノンと、悲劇のニュース映像が頭の中でどうしても重なる。
歌って何? 単になぐさめ? 歌の「正体」を考えるにも…いやいや、こういう教育的指導のような言葉もむなしい『愛しきベイルート』だった。
では天女ファイルーズ、彼女は映画で姿を表わすのだろうか。
…ぼくは何にも言いません。
(文・藤田正)
UPLINK「MUSIC DOC.FES.」:
http://www.uplink.co.jp/musicdocfes/