ジャマイカ社会の暗部を描いた傑作ノンフィクション
『ボーン・フィ・デッド』
レゲエやジャマイカに関心のある人にとって必読の書が、ついに日本で出版された。
ジャマイカ社会の暗部を描いて、これほど衝撃的な本はないと思う。歴史学者ガンストが命がけで調査し、登場する「関係者」はすべて実名。文中では歴代首相が「そこ」で何をしたかということまで書かれている。自費出版だが、訳者・森本とガンストとの個人的な友情が実を結んだことを喜びたい。
(藤田正/Beats21)
レゲエで歌われている、リアリティーの背景にあるもの
この本は1995年にアメリカで出版されて、ジャマイカのみならずアメリカ・イギリスでも大変話題になった「Born Fi' Dead」の日本版である。
政治家とギャングの癒着関係、警察の不正。そして否応なしに巻き込まれるゲットーの人たち。なぜ彼らは状況の被害者であり続けなければならないのか。ジュニア・ゴングの「ジャムロック」やベイビー・シャムの「ゲットー・ストーリー」で歌われている現実(リアリティ)とはどんなものなのか。最近「近代化」の美麗字句に厳しい現実がかき消されていることの多い中、その背景にはぜひ注意を向ける必要がある。
「ボーン・フィ・デッド」が出版されて10年以上経ち、ジャマイカの現実は微妙に変化した。世界的に麻薬ビジネスが大きくなり、貧しい生まれの者でも多少のリスクを負えば簡単に大金を手に入れられるようになった。国外のジャマイカ人コミュニティーが拡大したことによって、海外とジャマイカの距離がさらに縮まった。ジャマイカ内外を行き来することが増え、ジャマイカ人の価値観も変わってきている。海外のケーブルテレビ局参入で、ジャマイカにいながら外国の文化に触れる機会は増えたし、携帯電話やインターネットの普及によって通信環境は大幅にスピード・アップ。生活のペースは早くなり、豊かさに対する憧れは「当たり前に欲しいもの」に代わる。もしこの価値観の変化にともなって、現状も同じように変わっていれば何も問題がない。しかし物価が上がってもなかなか給料は上がらず、教育を受けたくても最低限の設備が整った施設さえ少なく、教育を受けても国内に満足な仕事がないという現状は、10年前とそれほど変化しているように思えない。「だったら!」とドロップアウトするこどもたちを導く大人にも、それを正す気持ちの余裕や知識がなく、狂気じみた犯罪の加害者(被害者)の低年齢化は進んでいる。
しかしジャマイカがひとえに厳しい現実を抱えただけの国かというと、そうではない。レゲエの名曲を聴いてもわかる通り、あの美しいメロディーを生み出せるのは、ピュアで強靭な生きることに対する真摯さがあってこそ。それが世界中で多くの人をひきつけてやまない、ジャマイカの魅力なのだ。
「苦しいことは踊って忘れよう」 その精神は今もかわらないものだが、ただハイプになって踊り騒いでいるだけではない背景を知ると、レゲエも違って聞こえてくる。「ボーン・フィ・デッド」はジャマイカをもっと知りたい人に多くのことを与え、考えさせてくれる。
2006年6月24日
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