歌と、世界の子どもたちを考える
Yes Visions
<1998年9月>
 以前にもこの欄でお伝えしたCDブック・シリーズ、「歌と世界の子どもたち」がようやくスタートする運びとなった。
 子どもの歌、あるいは世界の歌というと、童唄や民謡、昔ながらの宗教歌を集めるのが一般的だが、以前からぼくはこういう取材者の姿勢が気にくわなかった。子どもだからといって童歌や教科書に載っている歌ばかりうたっているなんてことは古今東西、絶対に有り得ない。そんな当然のことを知りながら、多くの取材者たちが「彼ら」を特定の枠の中に押し込めてきた。アフリカ人ならそれふうに、ネイティブ・アメリカンならそれふうに…である。
 ぼくはそんなイメージを取り払って、現代の子どもたちの姿を、彼らの歌とぼくの文章で活写してみたかった。不思議なことに、今世紀に画期的な音楽を作り上げた者たちのかなりは十代である。そして彼らは貧しく、かつ様々な差別を体験者だった。
 これはどういうことなのだろう。
 今回、第一巻と第二巻用のために出かけたニューオーリンズとジャマイカはその典型で、今ではアメリカ合衆国が誇る音楽になっているジャズにしても、その出発点は貧しいニューオーリンズの黒人青少年が作りあげた音楽だった。ただし、子ども〜青少年といっても、精神的には相当に成熟はしている。ジャマイカのレゲエにしてもまったくそうで、十代前半の天才少年はレゲエの各時代に登場するが、それは歌うことが自分の喜びであると同時に生活の糧であるからだ。みんな必死なのである。
 人を感動させる音楽には、苦い背景がある。「子ども−かわいい−童謡−健康」なんてことはマヤカシである。世界には未だに「人身売買」「大量虐殺」が発生している。性的暴行などは日常茶飯事だ。こんな社会の一番の犠牲者になっているのが世界の多くの子どもたちなのである。このシリーズは別に告発型の出版物ではないが、なぜこの子の歌が胸に染みるのか、なぜこの青年の演奏に感動してしまうのか、その歴史的な背景はきちんと理解されるように心掛けたつもりである。ぜひ親子で聞き、読んでいただければ幸いである。
 第一巻のニューオーリンズ編には、「トロンボーン・ショーティと彼のブラス・バンド」という少年たちのジャズ・グループが四曲登場する(ほか二つのグループ、全十一曲)。彼らは十二歳のショーティ君がリーダーのれっきとしたプロのバンドである。メンバーは小・中学校が終わって、ニューオーリンズのそこかしこで開かれているフェスティバルに集まる。
 その演奏〜歌たるや本当にたいしたものだ。生ぬるい日本のジャズなど、ひれ伏してしまうほどの威風堂々のプレイなのだ。彼らはジャズの揺籃の地「トレメ」という貧しい地区から観光客が集まる地区へやってくる。もちろん家族を支えるためである。
 第二巻は、ジャマイカのレゲエはどこで生まれ誰が作ったか?がテーマだとも言える。ぼくは親に乱暴され路上に追い出された子どもたちが生活している三つの孤児院を訪ねた。孤児院から巣立ったレゲエの音楽家はとても多いのである。
 フルオーケストラによるレゲエ演奏、朗読、遊びうたなど、ジャマイカ大衆文化の中核を取材してきたが、かなり限られた施設の中で生きる子どもたちにとって歌がどれほど大きい存在であるかが、肌身に染みて理解できた。
『歌と世界の子どもたち(一巻、二巻)』(イエス・ビジョンズ)は、10月23日に発売される。次は東南アジア〜ヨーロッパへ出かける予定である(注・シリーズはその後、中止に)。

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