アウトキャスト。この言葉を耳にすると、今でもドキリとする。アウトキャストか…。
アウトキャストの二人が全米で知られるようになったのは、10年前のセカンド『ATLiens』(1996年)から4枚目 『Stankonia』(2000年)にかけてのことだった。そして、2003年の2枚組『Speakerboxxx / The Love Below』ともなると、人気は大爆発という状態で、「Hey Ya!」ほかの大ヒット、加えてこの時のグラミー賞では年間最優秀アルバムを含む3部門で賞をかっさらうところまで過熱したのだった。
アメリカン・ポップ・チャートでのアウトキャストともなれば、ラップ系の大看板だ。だからなおのこと「アウトキャスト」の言葉の響きは強烈なのだ。なぜって、これを辞書的に文字をつづると、スペルは「outcast」(見捨てられし者、くず)、あるいは「outcaste」(どの階級にも属すことのできない人=アウトカースト)ってことになるわけで、こういう名前はかつての「パブリック・エネミー」と同じように、一般社会に対して「悪意」なり痛烈な「批判」なりのまなざしを投げかけているわけだ。
そして彼らOUTKASTが「オレら、アウトキャストっす!」と言う場合には、それはきっとブラック・ガイならではのジョークでもあるはずなのね。面白半分、マジ半分なんす、shiiitってか?
そう、これって、彼らの音楽そのものでもある。先のモンスター・ヒット2枚組から3年、アンドレ3000&ビッグ・ボーイのコンビはいつまで続く? のゴシップ報道をよそに、満を持して仲良く仕上げたのが、この『アイドルワイルド』なのだった。
アルバム『アイドルワイルド』は、彼らが製作する同名の映画の、サウンドトラック的要素も兼ねたもののようだ。それはアメリカの禁酒法時代(1922年〜33年)に材を得たミュージカルだ…とは聞いているが、ぼくに内容はわからない。ただ1stシングル「マイティ・オー」では、往年の大スター、
キャブ・キャロウェイの名フレーズが出てきて、それが「Oh,懐かしい!」と話題&売りの一つになっているようだが、ではいったい、キャロウェイってみんな知ってるのかな。黒人の若いのもふくめて、さ。
アルバム『アイドルワイルド』は、その音作り、そして歌詞に噛み付いてみると、もっと別のところにポイントがあって、先のヒット曲だけが突出してた『Speakerboxxx / The Love Below』と違って、二人のこれまでの経験が活かされた秀作になっている。(映画とどこまでリンクしているのかは別にして)、若い彼ら二人が「古い」「懐かしい」と思う「あの頃のアメリカ」を、大まかにイメージすることで、1曲1曲の表現の領域をドンと広げることに成功している。で、そのように間口を大きくしたところで語ろうとしているのは、今の、黒人としての、オレら、なんだよね。
おそらく二人は、このアルバムも基本、バラバラに作業をやっているんだろうけど、イメージに共通の土台があるから、しっかりとした流れができる(「マイティ・オー」などは、珍しく二人がラップをやってるけどね)。歌手・ラッパーじゃなくても、プロとしてマジに仕事ができるようになれば、たまに会って打ち合わせすれば表現者集団ってそれでOKなんだよ。
で、キー・イメージの一つ、
キャブ・キャロウェイだけど、この人は日本で言えば喜劇王、エノケン(榎本健一)ともカブるところがあって、音楽的には、禁酒法時代からデューク・エリントンと東西の横綱を張りあった超大物(バンマス&歌手)であり、風俗的にはその奇抜なロング・スーツのファッションが、ブラック&スパニッシュの都会のワルどもの雛形となった。だからこそ、冒頭にキャロウェイ氏の有名な「雄たけび」が登場するのは、実に的を射ているのだ。21世紀のオレらともつながっている、バック・トゥ・ジ・あの頃! リースペクト!
4曲目の「アイドルワイルド・ブルー」ともなると、ブルースが登場!…そのアタマの歌い方は、
ハウリン・ウルフの「イーヴル」で、リズム・パターンはココ・テイラーの「ワン・ダン・ドゥードル」を使用なんだけど(アルバム後半では、ふるーいダンス、チャールストンもあるのだが、こういう自在さはまさにアンドレならでは)、これら2つは50年代から60年代のものだから、別に時代設定とぴったりというわけじゃない。
でも重要なのは、そこで歌われているものなのね。ブルースは(今も)赤ん坊だって感じている…という一種のジョークの中に、ブラック・リアリティが感じられる。(一方的に男性側からの)露骨な性表現。そこには、表向きはこんなに世の中が変わったというのに、黒人社会は未だに抑圧され、いぜん出口が見えず苦悩する人たちがいかに多いかを、暗示している。相棒ビッグ・ボーイの、下層のイラだちと悲しみを、自分の物語としてアレもコレもと細かく語るラップには、それが半分・笑えるだけに、なんとも切なくなってしまうのだった。
(二人の地元である)アトランタのオレら男には、悲しんでいる時間なんてないんだ…という「クロノメントフォビア(時間恐怖症)」。ぼくは南部・アトランタに行ったことはないけど、こんなにスーパー・リッチになったアウトキャストですら、後がないんだ! と何度も重ねて語らざるをえないアメリカって、いったい何なのだ?
不十分ではあるが、再び(!)中東での戦争と、神の救いに触れた「ムートロン・エンジェル」(歌=ワイルド・ピーチ)ほか、手を代えウネリを加えて作られた『アイドルワイルド』は面白い。スリーピー・ブラウンら仲間たち、スヌープ・ドッグらの客演も適材適所で、そして最後に、彼らの大好きなファンカデリック式の、ながーい、泣きのギター・ソロが入るのが、ぼくにはcry againだったのだ。
(初出『ramblin'』2006/09)
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キャブ・キャロウェイをリバイバルさせたことでも知られる有名な音楽映画)