映画『BROTHER』−殺戮の向こう側を照らす久石譲
サントラ『BROTHER』(ポリドール UPCH1033)
 2001年1月27日に公開された北野武監督の映画『BROTHER』が、第38回ゴールデン・アロー賞映画賞を受賞するなど話題になっている。
 北野監督のオハコとも言える過激な暴力シーンは、ロサンゼルスを舞台にしたギャングの抗争を描いた今回の作品で、いっそうスゴミを増した。おびただしい銃弾を浴び、敵も仲間もいとも簡単に死んで行く。これに重なる久石譲(ひさいし・じょー)の静かなストリングス。殺戮の向こう側を照らす音楽である。
 物語は、一人のヤクザがロスの空港に降り立つ所から始まる。
 自分に降りかかる火の粉、身内に襲いかかる刃に対して、冷血・非情に徹する男、それがビートたけし演ずるヤクザである。彼は組の抗争によって、シマを離れなくてはならなくなる。そこで彼が選んだのが、弟(真木蔵人)の留学先、ロサンゼルスだった。 
 まったく英語ができない兄と、ケチな麻薬の売人になり下がっていた弟のケン。これに仲間のチンピラが加わりストリートの「戦争」が始まる。
 三下ギャングに叩き込んだ兄の小気味よいパンチ。それが闇の均衡を破る発端だった。
 徹底して無口な兄は、徹底して冷酷に銃を撃ち、仲間と共に敵を殺し、つぎつぎとシマを拡大する。
 暴力でつかんだ権力とカネ。しかし当然のように、彼らはさらに大きな権力の怒りを買う。そしてついには、死を恐れぬ小さな暴力集団が、闇の権力によって蜂の巣にされる。
 このような大筋の中でキーワードとなるのが、「ブラザー」である。
 「ブラザー」とは、ふつう血を分けた兄・弟、親友、教会の信者仲間などを指す。もちろん、無頼の徒にとっての「きょうだい」もその意味の中にある。映画『BROTHER』は、これらの多くの意味あいをミックスさせながら結末へと進んで行く物語だった。
 ヤクザの指詰めや、ハラワタが飛び出す腹切りなど、世界のマーケットを強く意識しているであろう極東のエキゾチシズムは、相当に強烈に描かれ、エクスキューズも何もなく人が殺されていく北野映画の特色は、今回の作品が最も際立っていると言える。
 この血なまぐささに、「きょうだい」が絡みつく。
 兄貴(ビートたけし)のためには、さらりと命を放り投げることすら厭(いと)わない舎弟の加藤(寺島進)を筆頭として、ギリギリの線上を生きる男たちのヒロイズム、義侠心、あるいはホモセクシュアルな色合いは、映画が後半へ進むにしたがい、一人を残し死に向かって突っ走る「ブラザーたち」の肩越しに、妖しく哀しく光を放ちはじめるのである。
 これは、アメリカのヒップホップなど、ストリート=ギャングスターをモチーフとする映画や音楽に、共通する感覚とも言えるはずである。
 準主役のデニー役として出演したオマー・エプスは、これについてインタビューで次のように応えている(パンフレットの「日本人と黒人が同盟を組むという、近未来的な光景」から)。
 「アメリカでも、都市部のゲットーみたいなところに住む若い子たちがストリート・ギャングに入って、同じ肌の色をした[BROTHER]のために、無意識的に命を懸けたりするんだ。<行為>としては同じだとしても、その動機となっている部分の、規律だとか名誉、誇るべき部分っていう点で、その二つは違うと思うし、加藤の行為の奥にあるものは美しいものだと思う。これは、人種や肌の色に関係なく、裕福な家庭じゃない、いわゆる普通にストリートで暮らしている子たちにとっては、共感する部分が多いと思う」(「加藤の行為」とは、兄貴に命を懸けていることを証明するために拳銃で即座に自害すること)
 オマー・エプスの、この指摘は間違っていないはずである。
 『BROTHER』は、黒人やラテン系の、ストリートに生きる「ワルたち」にまで届くような興行形態が取られるのであれば、評判になるのではないだろうか。
 映画『BROTHER』は、黒人、スパニッシュ、日本人という有色人種で構成される外道に堕ちた「きょうだい」が、過去など振り向きもせず、何のいい訳もなしに、そろって死出(しいで)の急ぎ旅に出かける。レゲエ映画の傑作『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』も、思い浮かぶ物語である。
 音楽を担当した久石譲は、このような物語に、彼らしい「鎮魂」という文字を譜面の隅にメモライズしたような、ひっそりとした音楽を絡ませて行く。映画『BROTHER』が、しだいに胸がとどろくような興奮を与えるのは、こういった際立った対照となる2者の組み合わせが功を奏しているからだろう。
 北野監督が、いつもの久石譲に音楽を依頼したことは正しかった。なぜならこの映画は、死と隣り合わせの友愛を、血の絆を簡単に破壊する死の意味を、考える映画だからである。音楽が久石譲ではなく、表面上はいかにもふさわしいラップなどのダンス音楽が選ばれていたとしたら、映画は「ギャングもの活劇」になっていたことだろう。
 独壇場だったビートたけしの演技も含めて、北野監督の生死観が光った映画である。

 なお、映画のインスパイアード・ソングとして、ZEEBRA(ジブラ) featuring AKTIONによるシングル『Neva Enuff』も出ている。こちらのクリップ(長編)は、真木蔵人が監督し、日本の音楽ビデオの中で異彩を放つ内容になっている。
ポリスター PSCR5936

( 2001/02/09 )

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