幻のジャズ・ギタリスト、ポンちゃんに会う
Beats21
 雨が降り出していた。夕暮れ時の大手町では傘がポツポツと鳴って、梅雨の始まりを報せるその音に人も車も寂しげに黙りこくっているかのようだった。 
 東京は疲れてね。 
 生まれも育ちも東京のジャズ・ギタリストである。だがポンちゃんは、六本木や麻布の高級クラブでの売れっ子生活をさっさと辞めて、空も水も気もやわらかな地方都市へ引っ越した。それから30数年間、彼はまったくと言っていいほど東京の表舞台に立つことはなかった。文字通り「知る人ぞ知る」のプレイヤーである。
 今年(2004年)の7月で75歳になる。もう年だから東京のスピード、都会の騒がしさには、ついていけないんでしょう。ポンちゃんはそう言って白い口髭を揺らし、笑った。
 私たち2人が向き合ったコーヒー・ショップでは、雨を避けようと入ってきたジーパン姿の女性や、首からIDカードをぶら下げた背広族が、コーヒーやパンケーキを手に席をさがしている。私たちの会話がしだいにショップの音の中へ埋もれて行った。
 昔から大きな音で、自己主張たっぷりのプレイが嫌いだった。かつて、なんとしてでも演奏をしてくれと請われたクラブでは、備え付けのピアノを(出入り口を壊してまでも)排除してくれるならと条件を付けた。ピアノは音が大きくてギターとバランスが取れないから嫌いなんです。ポンちゃんは、くったくなく笑っている。
 性根はガンコな人なのだろう。同時に、譲れぬその自分らしさを、人にひけらかすことを嫌うのもポンちゃんの個性である。東京人によくある照れと言い換えてもいい。
「意欲ってものがない」。東京生まれの東京育ちが、地方出身のミュージシャンと違う点を説明すると、こうなる。オレが!という奴と一緒にプレイするくらいなら、自分は、無理せずにプレイできる場を選ばせてもらう。無名であってもかまわない。
 かくしてポンちゃんと呼ばれるギタリストは幻の存在となった。
 枯淡の味わいの初アルバム『ラヴ・アンド・リスペクト』が作られたというのは、もしかしたら奇跡の出来事なのかも知れない。
(藤田正)
*『ラヴ・アンド・リスペクト』(ACSレコーズ)2004年6月6日発売
*鈴木・ポンちゃん・康允ライブ:2004年7月14日(水)@水戸市「自由が丘スタヂオ」(tel:029-221-5538=石田外科医院)

( 2004/05/21 )

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