モンゴルでバリバリのヒップホップを聞いた
石谷崇史
 NHK大河ドラマ「北条時宗」やNTV「進ぬ!電波少年」などによって、近ごろ「モンゴル」が注目されている。
 だが、モンゴルにも、ユニークな独自のポップ・ミュージック(写真)があることは、まだほとんど知られていない。Beats21は、NHK BS2「新・真夜中の王国」で当地の音楽事情をリポートしてきた石谷崇史氏(写真)を取材し、 貴重な話を聞いた。
 なお、「新・真夜中の王国 CUBE モンゴルBEAT 2001」の放送日程は、以下のとおり。
 2001年9月17日「PART1 トレンド編 モンゴルへ行こう!」24:10〜
  同9月18日「PART2 ミュージック編 モンゴル音楽の現在(いま)」24:00〜
  同10月1日(月)「モンゴル・ヒップ・ホップ革命(仮)」24:00〜
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 ぼくはモンゴルへは、今回初めて行きました。
 モンゴルの人口は265万人で、首都のウランバートルは80万人。ウランバートルは、東京などから比べれば小さい都市ですが、ビルもあるし、いろいろな音楽がある街でした。
 モンゴルは90年まで旧ソ連の指導下にあって、この年に民主化されて、92年に国名も「モンゴル国」に代わりました。
 だから社会主義国的な建造物が残っているんですが、その隣に新しいビルが建ち出している。特に、ここ3、4年くらいかな、韓国の企業が入ってきた関係で、大きなショッピング・センターとか韓国系のものが目立ちました。
 音楽は民主化されてから、アメリカの音楽などがどんどん入ってきて、それで大きく変わっていったそうです。
 最初はやっぱりロックだったようです。89年に結成された「ハランガ」というグループがいるんですが、彼らは「ロックの父」と言われているように、これが最初のグループです。今年(2001年)の4月にモンゴル・フェスティバルが東京でありましたけど、そこにも来てましたよ。 
 モンゴルでは現在、レコード会社と呼べるものは一つか二つしかありません。
 多くのミュージシャンは自主制作で、スポンサーをみつけて、その資金を頼りにアルバムを作るわけです。そして、録音した音源を韓国やシンガポールなどへ送ってCDにする。
 CDの生産枚数は、レコード会社から発売されるものでも初回プレスが2000枚ほどだから、売れるものだったらすぐに無くなってしまいます。
 だからビジネスとしてはまだまだです。
石谷崇史
 地方都市の公演もあるんですが、都市と都市の間は大草原ですんで、ぼくもヒップホップのグループと一緒に150キロの道なき道を、車で飛ばして行きました。面白かったですよ。目的地に着いたら、そこはとても静かな町でした。
 彼らMD(カラオケ)を持ってましたね。それを音響の人に渡して舞台に立つ。 
 ウランバートルの市内でも、ミュージシャンはおおむねMDを持ってライブをやっているようでした。
 ヒップホップは、モンゴルで熱いですよ、一番に。
 聞いているのは10代が中心です。日本にあるような中途半端なアイドルものじゃなくて、すごくカッコイイ。みんなモンゴル語で、オリジナルです。
 街中も、ヒップホップのファッションをたくさん見かけました。
 ヒップホップは96年頃にモンゴルへ入ってきたそうです。ケーブル・テレビとかでアメリカの文化は簡単に入ってくるし、おそらく経済的な交流の深い韓国の影響も無視できないんじゃないかと思います。

 (写真は、ヒップホップのライブの様子)
石谷崇史
 20代から30代の中心は、ロック。どちらかというとメロディアスなロックですね。先ほどのハランガも有名ですが、今一番人気があるのはホルド(写真)というグループです。
 それから日本にも来たチンギス・ハーン。彼らは今、さほどアクティブじゃないですけど。
 彼らが歌うのは、祖国への愛とか、モンゴルにしかないもの、モンゴルの大地といったものなんですね。
 ハランガのビデオ・クリップを見てもわかりますけど、草原でロックをやりながら、手前に馬がドーンと横切る、というような。ほかのロック・バンドのPV(プロモーション・ビデオ)にしても、だいたい草原で歌っていますね。
 ほかのジャンルもそうですけど、単なるラブ・ソングよりも、モンゴルチックなものが織りこまれているのが受けるみたいです。そして、みんな歌がうまい。
 ヒップホップにしても、愛してるナントカ…よりも、今の社会や政治をちゃんと歌い込んでいるものが多いんです。外国企業を呼び込んでばかりじゃモンゴルはダメになる、どうするんだ政治家!、というような歌詞があったりね。
石谷崇史
 あと、一度きりの人生をどう生きるか、とか。
 すごいポジティブです。
 ぼくは仕事がら、中国とか自宅のあるインドネシアとか、色んな場所に出かけますが、モンゴルほどメッセージ性の強い音楽があるアジアの地域って他にないと思います。
 どうしてこうなったのかは分からないですが……たとえば1960年代、まだ社会主義の時代ですけど、解放の空気を味わえた時期があったそうです。この時がモンゴル歌謡の黄金時代と呼ばれていて、現在のモンゴル音楽はその黄金時代を未だ超えることができない、と。だから、もっともっといい音楽を作ろうとする風潮が、現代のモンゴル音楽の中にあるそうです。
 いっぽうで、モンゴルには、日本でも有名になったホーミーやオルティン・ドーとか、独特の素晴らしい民謡がありますが、若い人は民謡はあまり聞かないようです。ただ先ほどのホルドなどは馬頭琴を使っていたり、ハルチョンというグループは伝統楽器とロックの融合を積極的にやってますね。

 (写真は、首都ウランバートル)
石谷崇史
 モンゴルは中間がないんです。都市があって、そこを離れれば草原がずっと続いて、その先に小さな都市がある。
 草原で暮らしている人たちは、テレビとかラジオとかとあまり関係のない生活をしているんでしょうが、都市のほうではラジオではヒップホップがかかっている。だから地方都市でもヒップホップにはたくさんの人たちが集まる。
 ちょっとこれは日本では想像しにくい構図ですよね。
 
 今回ぼくは、この番組のために8月16日から26日までモンゴルにいたわけですが、やはり驚いたのはヒップホップがこんなにも盛んだった、ということです。
 モンゴルは若い国で、10代と20代で人口の6割ほどを占めてしまう。だから、ヒップホップが社会的にも重要な音楽だと言えるでしょう。
 しかし、アメリカのヒップホップのように都市の暗部を重く引きずっているということがない。しかも歌詞はマジだし。
 モンゴルのポップ・ミュージックは日本ではほとんど知られていませんが、ぼくはちょっと離れがたいほどハマってしまった、というわけです。
(おわり)
 (写真は、石谷氏が推薦するグループ、エモーション)

石谷崇史氏のホームページ「南洋音工作室」:
http://member.nifty.ne.jp/mingalar/

( 2001/09/17 )

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